第17話:鬱と涙





※※※



『なあヒナ、冒険者やろうぜ!』


『パーティー名どうしよう? ○○なんてどう?』

『えー、なんか痛くない?』

『じゃあお前もなんか考えてみろよ!』


『今日から新しくメンバーに加わります。 よろしくお願いします』

『よろしくー! 頑張ろうね!』


『私たち記事に取り上げられたんだよ! すごくない?!』

『まあ俺は天才だからな! 目指せ10級!』

『む、無理ですよぉ……』

『さすがにビックマウス過ぎると思うの』


『お前やめんなよ』


 カーテンの締め切られた暗い部屋で、晴間ヒナはスマホに納められた写真を眺めながら想い出に浸っていた。


「楽しかったな」


 二年前、冒険者になり大変だったし、怪我をしたこともあった。 危険と隣り合わせで、やめようと思ったこともあった。 けれど思い出されるのは楽しい記憶ばかりだ。


「もう戻れないんだよね」


 呟く声が震える。

 自分の意思で終わらせられたら、こんな気持ちにはならなかった。 しかし終わり突然、理不尽に訪れた。


「なんで、なんで私なの?」


 パーティーでダンジョン探索中に遭遇した噂の黒いサンタクロース。 パーティーはヒナを含めて三人、つまり三択だった。


「他の誰かだったら良かったのに」


「ずっと一緒で頑張ろうって約束したのに」


 スキルを奪われた後、パーティーで話し合いをした。 


『ヒナ、このパーティーから抜けてくれ』


 スキルを持たない人間は、ただの人間に等しい。 たとえレベルが上がって、身体能力が向上していてもスキルという武器ぐなければ人はモンスターと戦うべきではない。 危険すぎる。


 メンバーに脱退を促されて、ヒナは仕方ないと思ったし、安堵もした。 そしてそれが正しいと理解していても、悔しくて、悲しい気持ちになってしまうのは仕方がないことだ。


「戻りたいよ」


 そう呟きながらもヒナは戻れないことを理解している。 そしてメンバーのSNSに新しい仲間と楽しそうに笑う画像が投稿されていた。


『再出発!!』


 もう自分の居場所は埋まってしまった事実にヒナは茫然と涙を流すのだった。



※※※



 黒いサンタクロースと会ってから数日経った。

 まだ夜子とは話していない。 というか彼女の連絡先を俺は知らなかった。


「こういうときに限って依頼ないし、店にも来ないし」


 次の依頼まで待たなければならないことに焦れつつも、俺は安堵していた。


「ああ、ダメだよなこんなんじゃ」


 俺は店のバックヤードで一人頭を抱える。


『いらっしゃいませー!!』


 キッチンから今日もヒナの元気な声が聞えてくる。 もしもヒナが『もう冒険者はいいや、私ここで働くよ』そう言ってくれたら一番楽だし、嬉しい。 しかし一見楽しそうにしていても、きっとヒナは復帰を諦めているだけで苦しんでいるはずだ。


「はあ、モンスターぼこしたい」


 モヤモヤした気持ちを発散したいところだが、スキルを使っている間、自身がどういう状態になっているのか不明なので使えない。


――bbbb


 そして空気を読んだかのように、スマホに田中からメッセージが入った。


『明日の依頼について』


「頑張りますか」


 田中に確認したところ明日の依頼には夜子も参加すうようだ。 そうと決まれば迷っている暇はない。


 今日はやるべきことをやって、明日に備えようと俺は仕事に戻るのだった。





 閉店後、相変わらずの開店から閉店までの通し業務を終えて俺は一息ついていた。


「お疲れ様」

「おつかれーっててんちょ居残り?」

「う、まあ」


 帰り支度を済ませたヒナは鞄を下ろして、椅子に座る。


「なんだよ」

「一人じゃ可哀想かなーって」

「ふーん、邪魔すんなよ?」

「そんなことしませーん」


 ヒナは拗ねたように口を尖らせると、スマホを取り出した。


「お前さ、最近どう?」

「……何それ、ふふ。 ふつーだよ、なんもない。 なんで?」

「いや、別に」


 スキルがなくなって、冒険者もやめて、どうかなんて聞けない。 抽象的になってしまった問いにヒナは可笑しそうに笑った。


「あーでもまあちょっと刺激がないかなぁ?」

「そりゃ前に比べたらな!」

「まあ穏やかな暮らしも良いもんですわ」

「そっか」



「……嘘だよ。 てんちょが一人で可哀想なんて嘘。 本当はさ、私が寂しくて帰りたくなかっただけなの」

「そっか」


 嫌な沈黙が降りてしばらく、ヒナは深く長いため息を吐いて、ひきつった笑みを浮かべた。



「スキルがなくなるなんて想像もしてなかったよ」

「うん」



「初めはさ、怖くて、痛くて、やめようって思ったときもあったんだけどさ」

「うん」



「最近はようやく楽しめる余裕出てきてたとこだったんだ」

「そっか」



「なのに……どうして……どうしてこうなっちゃうんだろうね」



 俺は今まで明るいヒナしか見たことがなかった。 二年前、世界が可笑しくなって人々が不安になっているときもこんな風に泣いたりなんかしなかったのに。


(俺がなんとかしなきゃ)


 情に流されているのかもしれない。 けれど俺の中で燻っていた迷いが消えたような気がした。









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