第16話:提案と自己嫌悪




「返していただけない理由を教えていただけますか?」

「素直だね、いいよ。 はいこれ、あげる」


 そう言って黒サンタは冊子をこちらに差し出した。


世界せかい回帰かいき教~歪んだ世界を壊して、あるべき世界を取り戻そう~』


 それは宗教のパンフレットだった。 しかし宗教といっても神は出てこない。


 ここに書かれていることをまとめると、要は今の世界は間違っている、と。

 職業もスキルもダンジョンも世界にとっては不純物であり、ダンジョンなんて無かった以前の世界が正しい世界であり、これに回帰させることを目的とした団体のようだ。


「宗教と言うか、むしろ革命軍って感じですね」

「確かにそうかも。 私、神とか信じてないし、あはは」


 もしも回帰教の理念――世界を元の姿に戻す――を本当に叶えるとしたら、確かに奪ったスキルは返せないだろう。 むしろヒナのスキルみたいな有用なものほど返せない。

 なぜなら彼らの活動は、どこかで必ず今の世界観を守ろうとする連中――つまり冒険者やギルド――とぶつかることになる。


 彼らがどれくらいの規模で、戦力を保有しているかは不明だが、少しでも冒険者側の戦力は削れていた方が良いのは当然の話だ。


(つまりスキルを返してもらうには、ヒナがここの信者になることが最低条件かもしれない……)


 冒険者として活動をするために、世界を回帰させる運動に参加するなんて本末転倒だ。 とはいえ宗教とまで言われると、金や交渉で解決できる気がしなくなってきた。


「そうだね、夜ちゃんを加入させられたらスキルを返してもいいよ」

「一星さんですか……」


 一星夜子、彼女とは特別仲が良いわけでもなく、まだまだ知らない部分も多い。


 それに彼女こそ世界を回帰させることに反対する筆頭ではないだろうか。 なんせ高級冒険者として世界が変革した恩恵を強く得ているのだから。


「君なら簡単でしょ?」

「いやいや、何を根拠にそんなことを……」


 シスターは首を傾げて、驚いたように目を見開いた。


「もしかして気づいてないの?」

「……さっきから何を言っているか分かりません。 私と一星さんは特別な関係ではないんですが」

「なるほど、なるほど……夜ちゃんは奥手なんだね」

「なんなんですか?」

「なんでもないよん。 今の会話は忘れてどうぞ」


 シスターの言い草ではまるで俺と夜子の間に何かあるような言い方だった。

 しかし元々、店員と客でしかなかく、冒険者として知り合ったと彼女が認識したのは昨日からだ。


(確かに言われてみれば可笑しな点はある……か)


 黒いサンタクロースのことを尋ねた時、どうして情報を教えたのか。 あの可笑しな交換条件にも、何か意味があったのか。


「はいはい、長考はそれくらいにして! やるの? やらないの?」

「……やってみます」

「まじで? 鬼畜だねぇ」

「……っ」

「自分の女のために、他の女の子に宗教勧誘する気持ちはどう? どうどう?」

「デハゴジツレンラクシマス」


 俺は伝票を奪うように取って、席を立った。


「あはは、期待して待ってるよーん」


 後ろから不快な笑い声が聞こえてきたが、俺は振り返る余裕はなかった。 早くシスターがいない空間に行きたかった。 この怒りを何かにぶつけて発散したかった。




 今日もスキルでモンスターを相手に俺はストレスを発散する。

 いつもと違うのは、そのストレスが他者から受けた理不尽ではなく、自身への自己嫌悪であるということだ。


「俺は間違ってるのか……? だったらどうすりゃいいってんだよ」


 神でも、誰でもいい、正解を教えて欲しかった。


 俺を導いて、そして『お前は間違ってない』と許されたい――




――しかしここに響くのはモンスターの断末魔と俺自身の笑い声だけだった。

 






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