第15話:シスターと戦前敗北





 次の日、俺は喫茶店で人を待っていた

 

「やあ、遅れてすまないね」


 やってきたのはベールで顔を隠したシスターだった。


「ええっと初めまして私は聖剣と申します」

「ああ、はいどうも初めまして……あ、私ブレンドで『噂の黒いサンタクロースです、どうぞお見知りおきを』」


 注文に重なるように頭の中に声が響いた。


 所謂、念話とかそういう類のスキルだろう。 もしも誰かのスキルを奪うことが本当に出来るなら、これも誰かから奪った物なのかもしれない。 そう思うと、目の前のシスターが恐ろしく感じた。


「大丈夫。 そんなに震えなくて大丈夫。 無差別に奪ったりしないから」


 彼女は俺の考えを読むようにそう言って、ベールの下でほほ笑んだ。





「スキルを奪えるって本当なんですね」

「うん、本当。 強奪ってスキルでね。 一昔前に流行った異世界モノの主人公みたいだろ?」

「いえ、私そういうものには疎くて」

「ふむ、それは残念」


 直球な質問にシスターは顔色一つ変えず、雑談に相づちを打つように話す。 この人が何を考えて、どういう理由で黒いサンタクロースなんて呼ばれるに至ったかーー好奇心がうずくが、その点は今はどうでも良い。


「本題ですが……私の知り合いがあなたの被害に遭いまして」

「なるほど。 夜ちゃんが紹介するからどんな話かと思えば、そういうことね」

「スキルを返していただけませんか?」

「ちなみにその人はどんなスキルなんだい?」


 ヒナのスキルは『精霊剣術』という魔法と剣技の両方を併せ持つ相当有用なスキルだった。


「あの子か~。 とっても良いスキルだよね」

「返していただけますか?」

「良いスキル、だからこそ断る。 というかそうじゃなくても返さないけど、はは」


 シスターは楽しそうに笑った。


「……何が可笑しいんですか?」

「お? 怒った?」

「っ! ちょっとすいません」


 喉から出かけた言葉を飲み込んで、俺は逃げるようにトイレに入った。


「なんなんだよ、あいつ……」


 こちらを見下すわけでも、拒絶するわけでもない。 かといって受け入れるわけでもなく、無知な子供を見守るような優しい眼差しが気持ち悪かった。


「そもそも返す気もないのに、どうして俺と会っている? 向こうに何のメリットが……ダメだ、考えても分かるわけがない。 あれは俺たちとは見ている世界がきっと違う」


 顔を軽く濡らして、頭を冷やした。


「さてどうする、俺」


 ここで取れる行動は脅すか、諦めるか、迎合するか。


 隠れもしないということは、強さに相当な自身がある表れだ。 リスクが高いし、この場では俺の方が犯罪者になってしまうので却下。


 諦めれば現状維持だ。 ヒナは一生スキル無しとして生きずらい人生となるだろう。 二年間、積み上げてきた冒険者としてのキャリアも、時間も無駄になる。


「……今まで厄介な客はいくらでもいただろ。 同じだ。 イカれたクレーマー野郎の接客と思えばいい」


 クレーマーは普通の人が聞けば可笑しな論理を展開するが、彼彼女らなりの理由があって怒るのだ。 それを会話で引き出して、交渉する。


「頑張れ、俺」


 意気込んで席へ戻る前に、相手から見えないようコッソリと俺は鑑定眼鏡で彼女を見た。


――強奪、火魔法、水魔法、闇魔法、剣術、精霊剣術………………体術、自己回復、影縫い、念話、変装、スキル譲渡、召喚術、空中移動、解体、調合、細工、デザイン、裁縫、魔眼…………………共感、予知、祈り、分裂


「っ!? 化け物かよ……」


 本来一つしかないスキルが、強奪しているとはいえ見切れないほど所持しているとは思っていなかった。


(力ずくはどう頑張っても無理だな……)


 初めから選択肢から外していたものの、可笑しな気を起こさなかった自身を褒めてやりたい気分だ。


「お待たせしました」

「いえ、作戦は練れましたか?」


 余裕そうに微笑むシスターに俺は愛想笑いを返して、空のカップに口をつけるのだった。








 

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