第18話:一星夜子の不在とお見舞い




 黒いサンタクロースと会ってから数日後。 ついに待ちわびた田中から連絡がきた。


 しかしギルドに来ても一星夜子の姿がない。


「あれ? 一星さんは?」

「今日は来ませんよ」


 依頼のメンバーはその時によって変わる。

 その中でも夜子は俺が参加している際には必ずいたので、なんだかタイミングが悪い。


「彼女がいない穴は大きいですから、頑張ってくださいね」

「え? どうして?」

「彼女入院されているそうですよ」

「は……?」


 田中から飛び出した予想外の言葉に、俺は頭が真っ白になった。


「なんで?! どこの病院!?」

「そこまでは教えられません。 個人情報ですから。 本人に連絡してください、意識は戻ったようですので」


 意識を失くすほどの重体であったことに驚いた。 しかしよくよく考えれば可笑しな話ではない。 なにせ彼女はソロでダンジョンへ潜っているのだ。 いくら強いと言っても、ミス一つあればフォローしてくれる仲間もいないと思えば全然あり得る話である。


 しかしこうなっては彼女を世界回帰教へ勧誘することはできなくなった。


(連絡……するしかないか)


 俺は心ここにあらずなまま依頼を終えると、さっそく黒いサンタクロースに連絡をするのだった。





「ここか」


 都内の大きな病院を見上げて俺は呟く。


 ここは奇しくも俺が健康診断の際に紹介された病院だった。


『一星さんの病院を知ってますか?』

『知ってるけど……え? 例の話をしに行くの? 鬼畜だねぇ~』


 昨日の依頼の後、黒サンタと交わしたメッセージを確認して俺は病室へ向かう。


 そして個室の病室をノックした。


『どうぞ』


 聞こえた声に扉を開いた。


「わあ、あそこの店はデリバリーでも始めたんですか?」


 夜子はベッドに座って、驚きながらもほほ笑んだ。


「そろそろうちの珈琲が恋しくなった頃かと思いまして」

「ふふ、ダメですよ。 病人に珈琲なんて与えたら……それと敬語」

「失礼しました。 田中さんから聞いたよ、大丈夫?」


 お見舞いに持ってきた花と、果物の詰め合わせを置いて俺は尋ねた。


 すると彼女は困ったように眉を下げて、俯く。


「とりあえず五体は満足ですけど」

「とりあえずが怖すぎる……」

「しばらくは動けそうにないみたいです。 冒険者に復帰は経過次第と言われてしまいました」

「それは……」


 言葉が出なかった。

 浮かぶのはありきたりな言葉ばかりで、どれも彼女の神経を逆なでしそうに思える。


「ああ、お気遣いなく。 ここだけの話ですが、もう生きていくには十分位には稼ぎ切っているので」


 自慢げに胸を張ってそう言った、夜子は無理している様子には見えなくて俺は少しだけ安堵した。


「ですが申し訳ないです」

「何が? あ、フルーツなんか剥こうか?」


 夜子はため息を吐いて、瞳を伏せた。


「だってもし私が冒険者として使い物にならないのであれば、店員さんと黒サンタとの間にあった話はご破算になてしまうのでは?」

「なんで――」


――知っているのか。


 すぐに思い至って、俺は言葉を飲み込んだ。


 夜子と黒いサンタクロースは元々、連絡先を交換していたのだ。

 本人に聞いたに決まっている。 ではなぜ黒いサンタクロースは夜子に話したのか、それは分からない。


 けれど俺がここに来た理由を知っていたとしたら、彼女は一体どんな気持ちで俺を迎え入れたのか。 笑っているのか。 俺には理解できなかった。


「お知り合いの女性がスキルを奪われてしまった、と聞きました。 それはとてもお可哀そうですから、私なんかで良ければお役に立ちたかったのですけれど。 申し訳ありません、で怪我をしてしまって」

「い、いえ! とんでもない! お気持ちだけで充分だから……ありがとう」

「そうですか……私にできることがあれば何でも言ってくださいね」


 夜子は本当に心を痛め、寄り添ってくれているように見えた。

 しかしどうしてそこまで俺に、ヒナに良くしてくれるのか分からないことがどうしても引っかかる。 優しさだけでは何かがあるはず、と思うのは俺の心が汚いのだろうか。


「ああ、ただ一つだけ」


「自惚れではなく事実として、私が世界回帰教に入信したら、その目的にかなり近づくでしょう」


「あなたの選択が世の中を良くも悪くも変えることになるかもしれない、ということは覚えておいてください」


 彼女は最後にそう言って口元だけ薄く笑みを作った。


 脅されているわけではない。

 ただ知り合いを助ける、という当為を盾にして見ない振りをしていた事実を突きつけられただけだ。 それだけで喉が渇いた。


「分かったよ、今日は会えて良かった。 何かあったら連絡して」


 俺は夜子に店で使っている名刺を渡して、足早に病室を出た。


「なんかどっと疲れたな」


 これで振り出しに戻ってしまった――いやある意味前進はしている。 夜子が本気で言っていたかはさておき、言葉の上では怪我さえ治れば彼女が世界回帰教に入信することは検討の余地がありそうだった。


 しかし一度行き詰ったことにより、俺が考えなければならないことが増えた。


――そもそも世界回帰教とはなんなのか。


――ヒナは、


――そして俺は、


――誰かを、世界を犠牲にする覚悟はあるのか。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る