第11話:無双/日常へ



 扉の先に居たのは武器を持った二足歩行の怪物、オークだ。


「お前ら少しは働けよ」

「別にいいけど」


 夜子は背負っていた巨大な鎌を回しながら前に出た。

 それに続いて俺も剣を抜いた。


「お手並み拝見」

「どうぞ、お手柔らかに」


 オークは三体だ。 オークはとにかく力が強く、頑丈。 そして武器も使うため一般人には対処不可能だ。 冒険者にとっては一人前となる登竜門的な存在である。


 しかしここにいる冒険者は強者ばかり。


――斬


――斬


「ふう」

「おお、すげえ。 さすが9級冒険者」


 流れるような斬撃で、オークの体は真っ二つとなった。


「さて、俺もやるか」


 これからまだまだ先に進むのだ。 こんなところで手こずってはいられない。


 俺はオークへとゆっくり歩いて近づく。


 恐れることはない。 練習モードで何度も、何度も、相手をしてきた相手だ。


「ブヒィィィィィィィィ」


 オークが雄たけびを上げて突っ込んでくる。


 俺はそれをあわしながら、剣をオークに当てればいい。


――ぽーん


「はい、まず一体」


 オークの首が黒ひげのように宙を舞った。


 俺は剣をすばやくしまい込み、無手でもう一体のオークへ向かっていく。


「ブヒ!」


 ばかめ、と嗤うオークの拳が放たれた。


「バカ野郎! 何してんだ?!」


 後方から男の焦った声が聞えてきた。 しかし心配する必要はない。


 くるり、拳の勢いを利用して投げ技のようにオークを地面に倒した。


「震脚」


 そしてオークの頭を強く踏みつけた。


――ドッッッ


 オークは一瞬で靄となり消える。

 

 そして踏みつけた衝撃の余韻で地面がびりびりと細かく振動し続けている。


「はぁ?」


 男の困惑したような声がダンジョンに響いた。


「お前、一体何者なんだ……」





 それから先は特に問題なく進んだ。


 俺と夜子はペアのようになり、他の冒険者とスイッチしながらモンスターを倒していく。 そして十五階ほど階段を下ったところで、


「そろそろ中階層まで来たはずだ。 一度魔力を確認するぞ」


 冒険者の一人はそう言って、機械を取り出した。

 ダンジョンは魔力の濃度が一定より高くなると、氾濫することが分かっている。 そして魔力濃度はモンスターを倒すことで一時的に減少する。 そのためダンジョンを攻略せず、氾濫を止めるには魔力濃度が一定の値に下がるまで倒し続けるしかないのだ。


「よし、既定の数値を下回ってる。 みんな、お疲れ様。 依頼達成だ」


 俺たちの仕事は呆気なく終わった。


「またここ通るのかよ」


 そして来た道を戻り、再び水の中へ。


 水中での戦闘になぜか慣れている俺がしんがりを務める。


「お疲れさまでした」


 帰り道は怪我人も出ずに済んだ。 代わりに俺が他の冒険者のフォローでめちゃくちゃ忙しいことになった。


 着替えを済ませた俺たちは再び車に乗り込み移動する。


「なあ、お前どこの秘密兵器だ? 俺は二年前のギルド立ち上げから参加してるが、お前の話は聞いたことがねえ」

「いや、どこの秘密兵器でもないよ」

「はっ、それだけの強さがあって無名でいられるわけがねえんだ。 誰かが意図的に隠していたとしか考えられねえ」


 口の悪い男は饒舌に語るが、俺は嘘を吐いていないし、その推測は的外れだ。


「まあ、田中に付いてるならこれから会う機会も増えるだろ。 そのうちにお前の正体、暴いてやるからな」


 何だか面倒な奴に目をつけられてしまった。 つくづくレゲイエの耳飾りを着けていて良かったと思う。


「ねえ、店員さんはどうやって強くなったんですか?」

「毎日のように実践かな? あとは色々な戦闘技術勉強したり」

「……思ったよりも普通ですね」

「うん、正直特別なことはしていないし、ポテンシャルで言えば俺はどの冒険者より劣ると思う」


 これは本当だ。

 少なくとも戦闘スキルを得ている冒険者は俺より武器を持っているということになるのだから。 俺が強くなれたのは命の保証がある状態で、限りなく実践に近い経験を積んできたからだ。


 故に経験が追い付けば、大抵の冒険者は俺より強くなれるはずだ。


「まずは基礎が大事、と」

「うんうん、そんな感じ」

「それで質問なんですけど――」


 依頼が終わったからか、行きよりも車内の空気は緩い。


「すぅ」


 夜子はしばらく俺を質問攻めにし、満足したのかいつの間にか眠ってしまった。


 彼女はきっと抱き枕を常用しているのだろう、俺の腕を抱きしめて気持ちよさそうに寝息を立てている。 


 ずっと張っていた緊張がゆるんだのか、彼女の体温が心地よかったからか、俺もだんだんと夢の中へ落ちていくのであった。





「いらっしゃいませ~」


 昨晩、ダンジョンに潜っていたが翌日は当然店に出勤していた。


 以前は体力的に、精神的にも毎日すり減らすように働いていた。 しかし仕事が大変であることに変わりはないが、ダンジョン探索と比較するせいか心なしか余裕がある。


「店長! 今日出勤のバイトが飛びました!」

「まじかよ……」


 思いきや本日、開店から閉店通しコースが確定して俺は頬を引きつらせるのだった。





――働いて、働いて


――戦って


――働いて


 そんな生活を繰り返して、早一月が経った。


 冒険者は高給取りだ。

 ダンジョンから持ち出される魔石やモンスターの素材ドロップはもちろんのこと魔法的効果のある魔道具や武器は、目が飛び出るほどの高額で取引される。


 俺はあれから冒険者の裏ルールに従って、ダンジョンを攻略することはないものの休日の二日はダンジョン探索を精力的に行った。 その結果、銀行残高は300マンを取り戻すどころか、桁が増えた。


「これが冒険者ドリームってやつか! ははは!」


 笑いが止まらなかった。


 人生勝ち組だと思った。


 金を気にせず美味しい物を食べた。


 金の力でかつての自分では一生関わることのなかってであろう美女を抱いた。


 一通り思いつく欲望は叶えた。


「はははははは……はは、はぁ」


 しかし叶ってしまえば、その次はどうすればいい。


 もう老後の心配をする必要もない。

 辛い仕事を続ける必要もなくなった。


 嬉しいはずなのに、


「なんか想像してたのと違う」


 底辺だった頃の渇きは飢えた。

 その喜びは継続するものであると、疑いもせず思っていた。


 だけど違った。


「夢は叶うまでの過程が一番楽しいってやつか……じゃあ俺はこれからどうしたらいい?」


 弱者だった男が成功する、という物語はハッピーエンドを迎えた。


 しかしこれは物語ではない。


 エンドロールが終わっても道は続く。





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