第10話:実力/界隈の黒い話


(この道具はすごいな)


 水中は濁っていて、視界が悪い。


 見失わないように俺は夜子へ必死についていく。


(というかこんなに深かったのか……?)


 湖を下へ下へ潜っていく。


 そして先の方で赤い光が爆発した。


(モンスター!)


 光に照らされたのは半人半漁の姿をしたモンスターの群れと、戦う冒険者たちだった。


 資料にあったサハギンというモンスターは戦闘力でいえば、水棲のゴブリンといった程度らしい。 しかし冒険者たちは慣れない水中、動きは鈍るし、能力も制限されているのか劣勢となっている。


(だから調査も失敗したんだな)


 撤退すべき――とは思わなかった。 なぜなら俺にとってこの状況は、前に散々練習したからだ。


 夜子に三体のモンスターが群がった。


(さて準備運動と行きますか)


 俺は纏っている装備を全てアイテムボックスへしまうと、水を強く蹴るのであった。



***



(まあそれが普通。 可笑しいのは私たちの方だよね)


 湖へ潜る前、不安そうな店員さんを励ましてみたものの彼の表情は晴れなかった。


 しかし後ろから水音が聞えて、私は心の中で賞賛を送る。


(彼はどうして参加してるんだろう)


 私は純粋に疑問だった。

 今回集められた、田中班と呼ばれる私たちは報酬に目がくらんだものだったり、弱みを握られたものだったり、正義感からだったり、様々な理由で依頼を受けている。 しかし共通するのは強いということ。


 私は9級だし、あの粗暴な男は8級だ。 少なくとも7級以上の冒険者しか私は見たことがない。

 週末だけダンジョンに潜るという彼は一体何級なのか。 趣味で潜るスタンスを私は否定するつもりは全くないが、その程度の狂気で級を上げられるほど冒険者が甘くないことは事実だ。


(きた)


 益体もないことを考えているうちに前方で戦闘が始まった。 そして私の方にも三体の水棲モンスターがやってきた。


 もう考え事をする余裕はない。

 願わくば彼が自己防衛くらいはできるくらいの強さは持ち合わせていて欲しい。 知り合いが死んだら寝覚めが悪いから――


――ドンッ


 後方から鈍器で叩いたような鈍い音と、衝撃の波が伝わってくる。


 何かが、店員さんがものすごい速さでこちらへ飛んできていた。


(もしかして)


 彼はモンスターに取り付くと、未来が見えるかのような最小限の動きでかわしながら、水中を舞うように剣で切りつけていく。


(強いの……?)


 人間離れした動きではない。 ただただ完成された美しい動作に、私は思わず見惚れてしまう。


 そして三体を蹴散らした彼は、こちらに目配せして前方の戦闘へ向かうのだった。



***



「かはっごほっ」


 モンスターを蹴散らして、逃げ込むように俺たちはダンジョンへ入った。


――負傷者数名


――溺れ、一名


「大丈夫か?」

「ごほ、ごほごほ」


 口の悪い男は負傷はしてない様子だが、水をかなり飲んだのか消耗しているようだ。


「な、んでお前はそんな動けるんだよ……可笑しいだろ」

「いや~、訓練のたまもの……かな?」


 面倒なので一々スキルで練習していたことなど説明しないが、嘘にはなていないから構わないだろう。


「さてどうする?」


 冒険者の経験は浅く撤退か、進むのか判断できない俺は、夜子に尋ねた。


「負傷者の手当てをして、服が乾いたら探索しましょう」

「了解」





「中は普通のダンジョンで助かったぜ」


 口の悪い男は水中での鬱憤を晴らすように、接敵したモンスターを槍で瞬殺していく。


「確かに……水棲系のダンジョンかと思ったよな」

「それは――」


 俺が首を傾げていると、夜子がジョンについて教えてくれた。

ダンジョンからモンスターが氾濫する際は、ダンジョン周辺の環境に適応したモンスターが出現する仕組みになっているようだ。


 水の中にあうダンジョンなら水棲系。

 空中なら飛行能力のあるモンスター。

 火の中なら熱さに耐性のあるモンスター。


 そしてそれはダンジョン内の環境とは関係がないらしい。

 一説にはダンジョンから外に出る際に、何かしかの魔法的措置が働き、普通のモンスターが別のモンスターに変えられているのではないか、と言われているらしい。


「つまりよく分かんないけど、実際そんな感じだよねってこと?」

「そういうことです。 まあまだダンジョンができて二年ですし、それよりもドロップや魔力とか分かりやすく面白そうな方に関心が向いてるんでしょう」


 ダンジョンの仕組みを解明すれば、かつてのようなダンジョンもモンスターもいない平和な世界に戻れるかもしれない。

 しかし冒険者たちが成長し、脅威をある程度コントロールできる今となっては、その研究に緊急性がなくなった。


「だからダンジョンはって?」

「そう、ダンジョンはすでに排除すべき脅威ではなく、一つの産業ともなっているから」


 冒険者には裏ルールが存在する。

 ダンジョンを攻略してはならない――表立って言えば世間の批判を浴びるだろう。 故に7級に昇級した冒険者にのみ伝えられるのだ。


 俺はまだなり立ての3級冒険者だが、ダンジョンを攻略した実績があったため田中支部長に聞いた。 そして契約書を書かされている。


「それで美味しい想いをしている人がいっぱいいるんでしょうね」

「冒険者の闇を知ってしまった……」

「こればっかりは本当に気を付けた方がいいよ。 他国の話だけど、その国唯一のダンジョンを攻略した冒険者がいたんだけど、その人処刑されたらしい」

「え……まじかよ」


 冒険者はもっと夢のある世界だと俺は思っていた。 しかし俺は想像以上に欲望渦巻く恐ろしい世界に足を踏み入れてしまったのかもしれない。

 

「おい、お喋りはそのくらいにしとけよ」


 口の悪い男があごで目の前に見えてきた扉を示した。


「ボス戦だ」






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