第8話:掲示板/噂/裏の依頼


***


『東京都エリア冒険者専用雑談スレ』


名無しの冒険者:

今日の朝、世田谷ダンジョンに化け物がいた


名無しの冒険者:

どの化け物の話だ?

あそこは元から結構なハイランクが出入りしてるじゃん


名無しの冒険者:

見たことないやつだった気がする

あんま覚えてないけど、今日俺モンスターに囲まれて死にかけてたんだけど、そいつが一人で飛び込んできて無双した結果助かった


名無しの冒険者:

雑魚おつ


名無しの冒険者:

これでも一応7級なんだけどな


名無しの冒険者:

あそこをテリトリーにしてる、7級か

メイン武器は?


名無しの冒険者:

特定しようとすんなw

いくらハイランクとはいえ、デーモンの群れ相手に完勝できる実力があれば有名人のはずだけど

しかもソロだったし


名無しの冒険者:

群れたデーモンって、そこは地獄か何かか?w

作り話も大概にしてくれよ


名無しの冒険者:

本当だとしたら、他国の攻略者とか?


名無しの冒険者:

スパイじゃん

顔晒そーぜ


名無しの冒険者:

そんな不義理なことできるか!

というか写真なんて撮ってる暇なかったし、そもそもなぜか顔も思い出せないんだよ。 夢みたいに朧気というか


名無しの冒険者:

謎過ぎる


名無しの冒険者:

まあその話が本当で、日本の冒険者ならそのうち有名になるでしょ


名無しの冒険者:

相当強力なスキル持ちなんだろうね

人生勝ち組羨ましいわ



***



「え、やっぱ俺強くね?」


 俺は早朝からダンジョンで戦い続け、20階層ほど駆け抜けたところで確信した。 


 ならば過去のあの出来事は何だったのか、思い出しみればそのヒントは田中の言葉にあった――特別に強いモンスターが出現するダンジョンは存在する、と――つまり俺は初めてのダンジョン探索で運悪くそれを引いてしまったということになる。


「うわぁ、さすが運Dだな。 その頃はもっと低かったんだろうし」


 ならば今まで調子に乗るべからずとキツイ職場で耐え続けていたことは、無意味だったと思うと空しくなる。


「まあ過去を悔やんでも仕方ない、仕方ない」


 ヒナや他のバイト連中、良いお客様など素晴らしい出会いがあった。 それにきっとそのうちやってて良かったと思える瞬間があるはずだ。 


「人生に無駄なことはない、うん」


 俺は適当に苛立ちをあしらって、帰路についた。





「まさか本当にてんちょが参加してくれるとは……神様ありがとうっ!」


 居酒屋にて、目の前に座る晴間ヒナは神に祈るように手を合わせた。


「いや、感動が深すぎるだろ……そんなに俺が飲み会に来るのは奇跡的か?」


 参加者は俺とヒナ、そして数人バイトのOBが参加している。


「相変わらず二人は仲良しなんですねー?」

「結局付き合ってるんですか?」

「そそそそそんなことないにょ! わわわ私とてんちょは清い関係なんだから!」


 他の奴らにからかわれてヒナは顔を真っ赤にして否定した。


 そこまで必死に言われると、さすがに男として傷つく。 しかし俺は三十路で、ヒナはまだ二十歳になったばかりだ。 どう考えてもあり得ないだろう。


「そうだ。 年も一回り以上離れてるんだぞ? こんなオッサン相手にされるわけないだろ」

「確かに! 店長、久しぶりに見たけどちょっと老けましたね」

「うるせぇ! 味が出てきただけだ!」

「まあ未だに激務なんだろうし、仕方ない。 あの働き方は寿命を削ってますから」


 わいわい、と久しぶりの再会で会話に花が咲く。


 あいつはどこに就職しただの、付き合ってたカップルが別れただの、色々ありつつも懐かしい奴らの近況が聞けて何よりだ。


「そういえば最近、噂の冒険者のことヒナ何か知らないか?」


 今や立派なサラリーマンとなった男が、とある掲示板の画面を見せながら言った。


「冒険者専用雑談スレ……?」

「ああ、冒険者の友達にスクショもらったんですよ」

「あんた本当に冒険者とかダンジョンの情報好きね~」


 ダンジョンに立ち入らない一般人であっても、冒険者やダンジョンへの関心は高い。 メディアにも取り上げられ、配信活動をしている者もいて、一部は芸能人のような人気を誇っているのだ。


「うーん、それが本当に誰か全然分からないんだよね。 いきなり現れたみたいにさ」

「そっか、現役の晴間が知らないなら仕方ないか。 一応、聞きますけど店にそれらしき人物が来たりしてないですか?」

「……来てないよ」

「ですよね。 まあ店長流行りとかニュースとか見ないし、来ても分からないですよね」


 見ないのではなく、見る時間がないだけだ。

 そう反論したところで、時間は作るものと言われるのがオチだろう。 さっさと話を変えるのが吉だ。


「そういえば死神まだ来てるぞ。 こないだ話した」

「まじすか! じゃあ今度サイン貰っておいてくださいよ!」

「無茶言うな。 話したと言ってもただの世間話だ」

「なーんだ」


 死神はその強さと可憐さのギャップから、かなり人気の高いインフルエンサーとなっている。 発信に力を入れればトップを取れる、とはバイト時代から彼が言い続けていることだ。


(俺には縁のない話だなぁ)


 興味はあるがレゲイエの耳飾りを着けている限り、記憶に残らないのだから配信は俺と相性が悪すぎる。

 目立つのことを特別嫌っているわけじゃない。 しかしネット関連に疎い俺はどうしても二の足を踏んでしまう。


――bbbbb


『東京都調布支部長田中』


 スマホの着信は田中支部長からのメッセージだった。

 俺は何の気なしに開いて、ため息を吐く。


『氾濫寸前のダンジョン攻略の依頼について』


 件名から嫌な予感がぷんぷんする。


「なになに~? 誰から?」

「ちょっ勝手に見るな!」

「必死だ」

「これは怪しい……」

「ついに店長に春がきたか」

「いやあ、私のてんちょが汚されるぅぅぅぅ」


 慌ててスマホを隠すと、邪推した酔っ払いが騒ぎ出す。


 本当は今日、彼らに俺が冒険者デビューしたこと話すつもりだったのだがなんとなくタイミングを逃した。

 結局俺はまともに言い訳もできないまま先に退席することとなった。


(俺が冒険者になったって知ったらヒナはなんて言うんだろう)


 心配するだろうか。

 むしろ喜んで、一緒に行こうと誘ってくるかもしれない。


(そのうち機会があったらカミングアウトしよ)


 俺は気持ちを切り替えて、田中へ電話をかけるのだった。




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