第5話:帰還と来客/契約




「え……夢、じゃないよな……?」


 目が覚めて、俺は今起きた出来事が信じられず茫然と呟いた。


 ダンジョン攻略は本来こんな簡単に出来ることではないのだ。 多くの犠牲と労力を割いて、ようやく可能になるようなこと。 それにモンスターだってこんなに弱くないはずなのだ。


 ゲームのように称号が付けば分かりやすいが、現実にそんなものは存在しない。 しかしモンスターを倒すとアイテムがドロップするので、ダンジョンを攻略したら特別な報酬があっても可笑しくない。

 というかなけらば割に合わないだろう。


「特にないよな」


 自分の周りを確認してもそれらしいものはなく、俺は落胆した。


 面倒だが病院でもう一度レントゲンを撮ってもらえば、本当にダンジョンが攻略できたのか分かる。


「しゃーない、連絡を――」


――ピンポーン


 突然のインターホンに驚いて、俺はスマホを取り落す。


 来客の予定はない。 セールスだろうが一応おそるおそるモニターを確認すると、そこには数人の警察官と戦士風の恰好をした男たちがこちらを睨んでいた。


「はい」

『冒険者ギルドの○○と申します。 ダンジョン発見の通報があったため伺いましたが、ひじりけんさんはご在宅でしょうか?』

「私ですが……」


 医師が連絡を受けてやってきたのだろうか。

 なんだか面倒ごとの予感がして、俺はため息を吐いた。





「消えている……」


 物々しい面子に囲まれながら、俺は再び病院へ来た。


 というのもパトカーに乗せられ、まるで犯罪者のように俺は連行された。 しかし彼らは俺を殺しに来たわけでも、逮捕しに来たわけでもなかったようで、単純にダンジョン攻略を前提に話を聞きに来たらしかった。


 だったら俺が命を賭ける必要もなかったじゃないかと、微妙な気分になった。


 そして俺は現状を正直に説明し、証明と確認を兼ねて病院にやってきたのだ。


「うん、ダンジョンは消えている。 おめでとう、聖さん」

「はぁぁぁぁぁぁ~」.


 俺は安堵の息を吐いた。

 攻略したと、表示を見てもモンスターが予想外に弱すぎて感じなかった実感がようやく湧いてくる。


「死ななくて良かった……」

「ええ、本当に」


 医師と俺が頷き合っていると、ギルドの人間はため息を吐いた。


「しかしこれはこれで色々と問題です」

「問題……?」

「聖さんがダンジョンを攻略した、という情報が漏れればマスコミはこぞって取り上げるでしょう。 そして日本はもちろん、他国から様々な接触があります。 聖さんの生活は一変しますよ」


 確かにそうなると生活に支障が出るかもしれない。 ダンジョンを攻略できるなどと思いもしなかったので、その後のことなど俺は一切考えていなかった。


「黙っててもらえますか?」

「……上司に報告はしなければなりません。 とはいえ黙っていても、人の口に戸は立てられない。 必ずどこかから漏れますよ」

「まじかよ……」


 ギルドの人間は名刺を差し出して言った。


「一度ギルドで話し合いませんか? 少しは協力できることがあるかもしれません」


 俺はその足で冒険者ギルドへ向かうことにした。





「では改めまして私は東京都調布支部長田中と申します」


 冒険者ギルドにやってきた俺は、喫茶店オーナーに休むことを一方的に伝えて椅子に腰かけた。


「さっそくですが、聖さん冒険者になりませんか?」


 田中は開口一番、真剣な瞳で俺を見つめた。

 冒険者ギルドにとって強い人材はどれだけ居ても困らない。 それがダンジョンを攻略できる猛者となれば喉から手が出るほど欲しいだろう。


 しかしその前に一つ、俺は確かめたいことがあった。


「あの答える前に一つ聞いても?」

「ええ、なんでも聞いてください」

「特別弱いモンスターばかりが出現するダンジョンというものは存在しますか?」


 田中は少し考えて首を横に振った。


「いえ聞いたことがありません。 逆に特別強力なモンスターが出現するダンジョンは存在しますが……」

「そうですか……私の攻略したダンジョンが初の事例かもしれませんね」

「というと、もしかして……?」

「ええ、弱かったんです。 一階層はもちろん、最終階層のモンスターまで全てが……その証拠に未経験で、大したスキルのない私でも無傷で攻略できましたから」


――もしかしたら俺が強いだけだったのでは――頭の隅にそんなバカげた考えがチラつくが、過去の失敗がその考えを否定していた。


「にわかに信じられませんね……一度確認してみますか?」

「どうやって確認するんですか? 模擬戦でもしますか?」

「それも一つの手ですが、もっと分かりやすく簡単な方法があります」 


 田中はそう言って水晶を取り出した。


「これはあなたのステータスを写し出す魔道具です。 手を当ててください。 そうすればあなたの現在の実力が分かります」

「ステータスがあるなんて聞いたことないですけど……」

「レベルがあることまでしか公表していませんから。 ただでさえスキルで差別する風潮があるので」

「ステータスなんて公表すれば差別は酷くなりそうですね……」

「そういうことです。 なので後出しですが、こちらにサインをお願いします」


 田中はそう言って契約書を取り出した。


 彼の視線からは断ることを許さないという圧力を感じた。 少々の理不尽は感じつつも、それ以上に自分の状態を知りたかったので俺は素直にサインするのだった。







 

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