第4話:独りよがりのダンジョン攻略





 仕事を早めに上がって、俺は冒険者ギルドの公式サイト『冒険者になろう』で情報収集を行う。


 ダンジョンに必要なもの。


 ダンジョン探索の心得。


 頻出するモンスターの特徴などを、頭に叩き込んでいく。


「物はセットで揃ってるから良し」


 しかし心得の一番上の記載――己を過信するな、仲間を集えー―からアウトである。


「頼んでみるか? いや」


 頭に常連の少女とヒナの顔が浮かぶが、俺はその考えを頭を振ってかき消した。


 手伝ってくれたらとても嬉しいし、死ぬほど心強い。

 けれど助けてもらったとして、俺は彼女たちの働きに見合った対価を支払えない。


 そして何より誰かを巻き込むことはもう嫌だ。

 過去のことがあったから、と言ってもこれに関しては自分でも潔癖すぎると思う。 だけどトラウマというものはすぐに克服できるものでもない。




 家に帰ると、すでに荷物が届いていた。


「うわ、設定置き配のままだった……あぶなっ」


 ネットショッピングの設定を変えずに頼んだせいで、玄関の前に置かれた三百万を俺は慌てて家に運んだ。


 中を確認すると、


『リザードマンの軽鎧:』


『ベビードラゴンのブーツ:』


『ゴブリンナイトの長剣(小力):』


『アイテムボックス(小):』


『探知の魔道具』


 きちんと商品は揃っていたようで、俺はひとまず安どの息を吐いた。


「さよなら俺の安泰な老後生活……」


 この金は老後のために必死に貯めていたものだった。


 必要な買い物とはいえ、一度の買い物で無くなると喪失感がえぐい。

 ただ死にたくないなら、仕方ないのだと、これは人生の必要経費であると、俺は必死に自分に言い聞かせる。


 しかも冒険者からすると、これでも中流程度の装備という事実もまた恐ろしい。


 



「よし、さっそく行くか」


 俺は装備を身に着けて、布団に入る。


 脳に出来たダンジョンにそもそもどうやって入るのか、色々考えたがやっぱり最も有力な方法は――寝る――これだろう。


 しかしここでふと、不安がよぎった。


「これって装備身に着けていれば向こうでも反映されるよな? いやいや大丈夫、きっと、うん」


(不安で眠れない!)


 半分自棄になりつつ俺は目を閉じるが、眠りに落ちるまでいつも以上に時間を要するのだった。


――――――――

――――

――


「どうだっ?!」


 俺は意識が覚醒するとともに自分の姿を確かめて、安堵の息を吐いた。


「良かった……俺の老後資金が無駄にならなくて」


 やはり現実の服装が反映されるようで、きちんと装備されていた。

 念のためアイテムボックスの中身も確認して、俺はようやくダンジョン探索を開始した。


「とりあえず敵影はなし。 ああ、怖い。 死にたくない」


 購入したモンスター探知の魔道具を確認しながら、俺は周囲を必要以上に確認しながら進む。 ネットの情報ではダンジョンにおいて安全な場所はなく、上から、後ろから、壁から、突然モンスターが現れることもあるらしい――――


(物音……っ)


 そして前方からかすかに音が聞えた気がして、俺は探知機を確認する。

 高価ではあったが、俺の買える範囲の値段では性能はイマイチらしく、かなり近くまでモンスターが接近していないと反応しないのだ。


(きた)


「gobu」


(緑の体に、棍棒、ゴブリンだ……)


 冒険者ギルドの資料に載っていた写真と違わぬ姿だ。


 俺は剣を静かに構え、呼吸を浅くしていく。


(本物のモンスター相手に通用するのか……ゴブリンくらいならなんとかいけると願いたい)


 練習は所詮練習であり、本物のモンスターよりも弱体化していることを俺は知っている。

 ただ練習モードで戦う相手の中で、ゴブリンは断トツの雑魚だ。


(勝って、レベルアップして、ダンジョンを攻略して俺は生きるんだ)


 まだやり残したことが山ほどあるんだ。


(こんなところで、訳の分からない死因で終わってたまるかよ)


――スパ


 振り下ろした剣は何の抵抗もなくゴブリンの首を切断した。


 断末魔を上げる間もない達人技だ。


「は?」


 可笑しい、これは練習じゃない。 いつもの偽物のモンスターじゃなくて、本物だ。 本物はもっと強い、昔に一度挑戦して嫌というほど分かったことだった、はずなのにーー

ーーかつてダンジョンに潜って大敗した記憶と目の前の光景が違いすぎて俺の頭は混乱した。


「いやいやいや……え? よっわ。 えぇ?」


 ダンジョンに挑む前の決意とはなんだったのか、馬鹿らしくなるくらいに手応えがない。


「いや、たまたま弱いゴブリンだったんだ。 そうに違いない」


 俺はそう結論して、気を引き締めてダンジョンをさらに進む。 しかし、


「可笑しいだろっ!?」


 どのゴブリンも初めに戦ったゴブリンと変わらず弱かった。 他のモンスターも同様、練習で戦った時と変わらない戦闘力だったのだ。


 あれよあれよという間に、探索は進んだ。


 そしてたどり着いた。




 部屋の中央に浮遊する謎の球体。


 冒険者ギルドで登録の際にもらった簡易鑑定眼鏡で見ると、


『ダンジョンコア』


 と表示されている。


 何度見ても結果は同じだ。

 半信半疑ながらも、俺は剣を振り下ろした。


『おめでとうございます』


『ダンジョンクリアです』


 そして目の前にそんなホログラムが表示されるのであった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る