第3話:嘘と約束/過去



「健康診断かぁ……てんちょも年だね」

「うるせぇやい」


 晴間ヒナには高血圧で引っかかったと、ありそうな嘘を吐いた。

 事実を言えば彼女は心配するだろう。 協力してくれるだろう。 しかしダンジョン攻略なんて手伝わせて、彼女が怪我でもしたらと思うと絶対に言いたくなかった。


「じゃあ、これは没収だね!」

「俺のつまみ……」

「私が買って来たつまみね?」

「差し入れられたんだから、もう俺のだ! 今日だけ、今日だけだから!」

「……仕方ないな~」


 それから俺たちはしばらく話して解散する。


「俺はちょっと仕事してから帰るわ」

「ほどほどにしなよ? もう若くないんだから!」


 もしもギルドに抹殺されたら、


 もしもダンジョンに単身挑むことになったら、


 こんなじゃれ合いも最後かと思うと名残惜しくなる。


「……今日は会えて良かった」

「なにそれ? 月一くらいで合ってるじゃん」

「はは、確かに」


 ヒナは不思議そうに首を傾げる。 そして何か思いついたのか楽し気な笑みを浮かべて言った。


「そんなに嬉しいなら、今度……いや! 来週遊びに行こうよ」


 バイト時代からヒナは俺をよく誘ってくれていた。 しかしあの時は遊ぶ元気なんかなくて、いつも断っていたことを思い出す。


「来週かぁ」

「ほら、みんなも会いたがってたし。 ねね、たまにはいいでしょ?」

「そうだな、たまにはいいかもな」


 俺がそう言うと、彼女は一瞬言われたことが理解できなかったらしく固まった。


「まじで!!!!!!?」

「そんなに驚くか?」

「驚くでしょ! え、あ、やった! 絶対だよ! でも無理はしなくていいから!」

「分かった、分かった」


 飛び跳ねてはしゃぐ奴なんて俺は子供かヒナくらいしか知らない。


「絶対ね!」


 彼女はそう念を押して、帰って行った。


「まるで台風みたいだったな……」


 俺はタバコをふかしながら、ぼんやりと物思いに耽った。

 意味のない考え、過去の出来事が走馬灯のようにめぐる。


「行きてえなぁ」


 一人呟いた言葉は煙とともに空気に溶けた。


 諦めちゃない。 だけどちょっとだけ泣いた。





 スキルを解除すると、すでに外は明るくなっていた。

 昨日、ヒナと別れた後俺は家に帰って少しだけのつもりで、一晩夢中でモンスターと戦い続けた。


「やっぱ時間区切らないと夢中になってダメだ」


 明晰夢で動いているようなもなのか、体は不思議と疲れない。 ただ精神的には疲れるせいか、気分はだるい。


 俺はスキルを授かってから、戦うことにのめり込んだ。

 仕事以外の時間は戦術研究や鍛錬に費やしていた時期もあった。 その頃は、死なずにモンスターとの戦闘経験を積めるなんて有用なすきるだ、なんて思っていた。


 しかしその経験も、モンスター事態が本物より遥かに劣ることが判明する出来事があったのだ。 それによって分相応に生きようと誓った俺は当時バイトしていた喫茶店の店長となり、現在に至る。


「さて、今日も頑張りますか……その前に」


 しかしやはり運動をすると頭がクリアになる。


 俺は淡々と戦いを一晩こなしながら、決意した。


『中級冒険者セット:300マン』


「行けるとこまで行こう」


 俺は人生で一番大きな買い物に震えながら、購入ボタンをタップした。


 荷物の到着は今日の夜だ。

 俺は準備が整い次第、俺はダンジョンへ潜ることに決めた。


 死にたくはないし、自分が弱いことは理解している。


 しかし冒険者を雇う金はないし、知り合いに頼ることも自分が許さない。 ならば黙って死を待つのか――否、どうせ死がやってくるなら、


「俺から迎えに行ってやるよ」


 眠気と戦いの余韻で俺の頭は可笑しくなってしまったのだろうか――その時ふと、過去に一度だけダンジョンへ挑んだ、二年前の出来事を思い出した――――


――――――


――――


――



 二年前、ダンジョンが出現し、人々が対応に苦慮していた時。


 俺は練習モードというスキルに死ぬほどはまっていた。

 寝る間も惜しんで戦いまくり経験を詰み、それ以外は現実で鍛錬をこなす。 現実の体がスキルに反映されるため、少しずつ勝てない相手に勝てるようになることは快感だった。


 そんな時、近所に住むやたら俺に懐く少女が、俺の部屋に訪ねてきた。


『兄ちゃん』

『おお、○○。 悪いけどこれからスキルの研究を』

『なんかうちの部屋に変な穴が空いた』


 その時はまだダンジョンが一般に公開されていなかったため、俺は首を長くして合法的にダンジョン探索できる日を待っていた。


『それってまさか……ダンジョン?』

『わかんない』


 本来であれば速やかに通報しなけらばならない。

 通報すれば一般人は入れなくなってしまう。 しかし今なら入れる。


 俺の耳元で悪魔が囁いていた。


『そっか、見に行こうか。 案内できるか?』 

『うん! 任せて!』


 洞窟のような形をしていた。 少女のベッドの下に隠れるように口を開けたそれは、まさしくダンジョンであった。


『ちょっと見に行ってくる』

『私も行きたい』

『えー、まあ俺が守れば大丈夫か。 離れるなよ?』

『うん!』


 そして俺は選択を誤った。




 練習で何度も勝利したモンスター。


『なんで、こんなはずじゃ』


 血を出し、こちらに手を伸ばす少女。


『痛い痛い』

『俺は強いんだ、強いはずなんだ』

『兄ちゃんっ……たすけて』


 駆けつけた大人たちの責める視線。


『一体何をしている?!』

『大丈夫か!!』

『どうしてすぐに通報しなかった?!』

『うちの娘になんてことを……許さない』

『申し訳ありませんでした』


 拒絶の言葉。


『うそつき』


――


――――



「あの時の俺は確かに調子に乗ってたな。 バカだった。 だけど今回は傷つくのは俺一人だから、無問題だろ」


 俺は頭を振って、苦い記憶を隅に追いやった。


「ま、恋人も、親もいないし、悲しむ奴もいないしな」


 自分で言って悲しくなるが、事実そうであることが今は救いでもある。





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