第2話:スキル「練習モード」/元バイト娘



「隙だらけだぜ?」


 俺はふらりとゴブリンに近づいて、拳を放った。


「くたばれ、くそオーナー!」

「ごぶぶっ?!


 腹をアッパー気味に打たれ、体の跳ね上がったゴブリンが落ちる前に回し蹴りをお見舞いした。 ゴブリンは吹っ飛び、そして光となって消えていく。


「練習オーク一体」


 そして俺の言葉に反応して、目の前に豚面の怪物が現れた。


「ぶひぶひ」

「ゴブリンの鳴き声はゴブなのに、どうしてオークは豚みたいなんだろうな?」

「ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「ま、どうでも良いか。 武器、長剣」


 差し出した手のひらに出現した西洋剣を、俺は道楽のように回して突撃してくるオークを迎え撃つ。 オークはその巨体が武器だ。

 冒険者ギルドの資料によれば、その巨体が繰り出す衝撃は時速100キロの車と同じらしい。


「だけど当たらなきゃいいって話」


 力は強いが技術はおざなり、冷静に見極めればオークの攻撃なんぞ簡単に避けられる。 俺は最小限の動きでかわし、すれ違いざまに剣を振るった。


「ぶあっ」

「はい、終了。 よし、鈍ってないな」


 オークの体は上下に別れ、光となって消えた。


 まだまだ準備運動だ。 息は上がっていない。


「よし、次!」


 俺のスキルは練習モード。


 その名の通り、疑似空間でモンスターとの戦闘を練習できるスキルだ。

 攻撃できるわけでも、仲間を癒すことも出来ない。 しかし一見悪くないスキルにも思える。


 俺も初めはそう思った。 もしもここに出現するモンスターが現実のそれと同等の力を有していれば、使えるスキルだと。


 しかしこのスキルはゴミだ。

 ここのモンスターは実際のそれより数段弱体化している。 俺は過去、このスキルによって自分は強いと勘違いして大きな失敗をして、そのことに気が付いた。


「やっぱ拳で殴るのが一番いいわ」


 俺はそう言ながらモンスターを絶妙な加減で、生かさず殺さずサンドバックにする。


 このスキルは冒険者としては使えないという他ない。 しかし日々のストレス発散に大いに役に立つ。 むしろそれくらしか意味がない。

 ここは疑似的空間であり、明瞭な感覚で行われるイメージトレーニングのようなものだ。 故にいくら剣を振るおうが、走ろうが、現実の身体能力は向上しない。


「ああ、楽しい」


 ここにいるときだけ俺は最強だ。


 モンスターの断末魔が俺を酔わせる。


 戦闘狂である自覚はある。 しかし現実がくそすぎて、まともな精神では生きていけないのだ。 俺は逆境でも折れない主人公じゃない。 明確な目的を以って生きる夢追い人でもない。


 ただの弱い人間だ。


 だから俺は、


「あははははは」


 モンスターを殺しながら嗤うのだ。





 スキルを解除すると、夢から覚めるような感覚で意識が覚醒する。


「さてすっきりしたところで、どうしたもんか」


 まずは明日の出勤について、もう一つはこの頭のダンジョンをどうするか。 そして医師が最後に放った言葉――ギルドには報告しておくから――についてだ。


 どうするも何も、こんな訳のの分からない理由でオーナーが休ませてくれるとは思えないし、何よりシフトが回らない。


「出勤はするとして」


 ダンジョンについては、画期的な案が降ってくるまで待つしかない。 普通に思いつく方法では不可能であるとも言えた。


「んで、一番の問題はギルドか……冷静に考えると俺、殺されないか?」


 ダンジョンの攻略とはひどく難しいことだ。

 しかしモンスターを間引かなければ、ダンジョンから溢れ、現実に出てきたモンスターは人を殺し、街を壊す。 二年前も一時はそんな状況になっていた。


 ダンジョンは攻略できない。

 ならばその土台となるものを壊せばいい――つまりダンジョン消失を目的に俺を殺す――と考えられても可笑しくはない。


 成功すれば万々歳。

 失敗しても社会のゴミが一匹減るだけで、大きな視点で見れば大した損失ではない。 俺からしたら酷い話だが。悪くない賭けであるとは思う。


「はあ、なんで俺ばっかこんな目に」


 そう呟きながら、己の運命を呪っていた時、


――bbbbbb


スマホがバイブした。


『てんちょ、今日いる?』


 少し前までバイトとして働いていた少女から、メッセージが送られてきていた。


「うじうじしてても仕方ないし」


 すっきりしたとは言っても、何かしていないと不安に押しつぶされそうな気がした俺は気分転換に人と話すのも悪くないと返信して店へと向かうのだった。





 到着すると、店の前に誰かを待っている様子のショートカットの美少女が立っていた。


「よう、お待たせ」

「遅いよー。 ていうか今日休みだったんだね! めっずらしー」


 店はすでに閉店していて、真っ暗だ。

 俺は鍵を開けて美少女を招き入れる。


「今日何してたのー? はい、これ」


 彼女は手に提げた買い物袋を、俺へと差し出した。


「いつも悪いな」

「まあこれでもそこそこ稼いでますから!」


 彼女は細い腕を見せつけながら笑った。 そして真剣な表情になって尋ねる。


「恋人でもできた?」

「はっ」


 俺は鼻で笑って、キッチンで珈琲を淹れる。


「はっ、てなに! こっちは真面目に聞いてるのに!」

「できるわけねーだろ。 出会いもないし、彼女作れるスペックじゃない」

「確かに……!」

「そこは否定しろよ……」


 とはいえオーナーの悪口とは違って、彼女晴間ヒナとはここにいた時から軽口を言い合う関係なので気にならない。


「ふふ、で? 本当にどうしたの? てんちょが休むなんて、相当な大事じゃん」

「社会には労働基準法というものがあってな、云々」

「ルールは破るためにあるんだぜ?」


 晴間ヒナはバイト時代から変わらぬ屈託のない表情で笑った。


「実はさ」


 彼女と話していると心が落ち着くから、思わず言ってはならないことまで喋りそうになる。 だから俺は事実を言わないよう慎重に口を開くのだった。






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