第12話

 放課後。ドギマギして落ち着かない私を連れて、保津君は宮胡市を離れ、私が元居た中学校の敷地へと足を踏み入れた。どこへ行くの? と私が聞いても、保津君は「まぁ良いから」とはぐらかすだけだった。そうして、案内されるがままに進むと、ある見覚えのある場所に辿り着いた。

 

 「ここって……」

 

 流れる川の音に、古びた倉庫の壁。

 ……そう、私がかつてサーガ団のつどいを執り行っていたアジト、まさにその場所だった。

 

 「……お前、昔放課後によく此処に居ただろ? 俺、遠目にお前のこと見てたから知ってるんだぜ」

 

 「あ……そう、だったんだ」

 

 なるほど、それで彼は私をこんな場所に連れてきたのか。また過去の黒歴史を暴かれるような事態になったらどうしようと思っていたが、彼はそういうつもりではないらしい。……でも、遠目からずっと見られてたってのは、相当恥ずかしいな。

 サラサラ……と穏やかな川のせせらぎが響く中、保津君はキュッと唇を結んで真剣な表情になった。微かに緊張した面持ちの彼に釣られるように、私にも緊張感が走る。

 

 

 「……単刀直入に言う。 俺は、お前のことが好きだ」

 

 トクン、と胸が高鳴る音がした。予想通りすぎる展開に、胸の鼓動はどんどん早まっていく。

 

 「好きだった、って言った方が良いかな……。 実は俺、中学の時からお前にかれてたんだ。 だから、その……あの日突然告白されて、ビックリして思わずフッちまったけど……本当は、あの時もずっとお前に惚れてて……」

 

 「嘘……そうだったの!?」

 

 衝撃的な告白の連続に、私は思わず目を白黒させていた。まさか、昔からずっと好きだったなんて……それなら最初から、ふらなくても良かったのに……。でも、嬉しい……。そんな色々な思いが目まぐるしく回って、今までとは違う意味でどうにかなりそうだった。

 

 「あの時のことは謝る。 俺、これからもサーガと一緒に居たいんだ。 お前と一緒なら、きっと、二人で幸せな毎日を過ごせる気がするから……だから、頼む。 俺と付き合ってくれ、サーガ!」

 

 「保津君……」

 

 そう言って、深々と頭を下げる保津君。こんな真剣な保津君を見るのは、今までで初めてかもしれない。あまりにも夢みたいな展開に、ほっぺたをつねりたくなってしまう私。ここ数日、本当に色々なことがあったけど……この瞬間が一番、現実味がないように思えた。

 

 けれど。

 ここに来る前から、私の心はもう決まっていた。保津君への返事の言葉は。すぅ……と息を吸い込み、一歩、保津君の元へと近づき、そして━━━━━━

 

 


 

 「━━━━━━━━ごめんなさい」

 

 

 「…………え?」

 

 そう言って、私は保津君以上に深々と頭を下げた。ポカンとする保津君。……まぁ、そりゃそうだよね。私は、なんとなく保津君と目を合わせられないまま、静かに彼に語りはじめた。

 

 「保津君の気持ちは、すっごく嬉しいよ。 本当は、すぐにでもOKしちゃいたいぐらい。

 ……でもね、私はここに来るまでの間に、二人の人生を目茶苦茶にしてしまってる。 私は、私自身のせいで、大切な人を二人も失ってしまった。 そんな中で、私だけが幸せになる事なんて出来ない。 ……だから、ごめんなさい」

 

 それが、私の出した結論だった。

 

 確かに、保津君があの時私を助けてくれたのは嬉しかったし、これまで彼と行動を共にしてきた時も、ずっと幸せな気持ちで溢れていた。こんな幸せがずっと続けば良いな、と心のどこかでそう願ったりもした。

 でも私は、過去の罪と向き合うと決めた。私一人が罪から逃げて幸せになってはいけないと、そう思ったのだ。私のせいで死んだレイヴンも、私とケンカ別れしちゃったウィンディも、きっと、私が幸せになる事を許さないと思うから。私が感じていた幸せは全部、彼らの犠牲のうえで成り立っていたまがい物だから。だから……私は本気で、今までの罪とキレイサッパリ縁をとうと決めたのだ。

 

 「勿論、せっかくの保津君の気持ちを踏みにじってしまってる、ってことも分かってる。 それでも私は、保津君と一緒に幸せになる自分が、どうしても許せないの。 ごめんなさい。

 えっと……保津君ならきっと、私よりも良い人に巡り会えるよ! だから、ごめん。 私のことは忘れて、これからは━━━━━」

 

 

 

 「━━━━━━何だよ、それ」

 

 「……え?」

 

 ドスの効いた声に、思わずキョトンとした。やっぱり、怒ってるのかな……? 慌てて彼に近づいたその時、不意に、両肩をガシッと掴まれ、そのまま後方へと押し倒された。

 

 「え、ちょ、保津君……?」

 

 いきなりの彼の行動に戸惑っていると、彼はブツブツと呪文のように何かを呟き始めた。

 

 「幸せになっちゃダメ? ……ふざけるな。 僕が今までどれだけ君のことを見てきたと思ってるんだ。 何のためにここまでやってきたと思ってるんだ……!」

 

 「保津君っ、ちょ、離して! 痛いよ……!」

 

 私の声は、まるで保津君には届いていなかった。一体どうしたというのだろう……。 今の保津君は、なんだか変だ……。

 両腕をガッチリと押さえ込まれて、動けない。この前有栖川に襲われた時と同じ状況に、私はいつの間にかおちいっていた。まるで獲物を捕らえた狼のように、私の上にのし掛かって馬乗り状態になる彼に、この時私は初めて恐怖心を覚えた。

 

 「サーガは僕のものだ……他の誰にも渡さない……僕が幸せにするんだッ……!」

 

 「いやっ……離して、お願い! 保津君っ!!」

 

 バシャバシャッ! と、川の方で水鳥が立てた音に、私のか弱い声は呆気あっけなく掻き消された。彼の目にはもう、正気はない。むしろ、そこに宿っていたのは狂気だった。怖い……嫌だ、来ないで……! 声にならない叫びは、涙となって私の目尻から溢れる。そんな私に目もくれず、保津君は私の方へとゆっくり迫ってきた。もう駄目だ……本能的にそう感じて、私は目をキュッと瞑った。

 

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