第11話

 「…………あった、これだ」

 

 警察署内にある資料室には、職員がまとめた資料や新聞の切り抜き、ビデオテープなどが所狭ところせましと並べられている。西大路に許可を得て、特別に資料室に入らせて貰った大地は、サーガが話していた火災事故についての資料をいくつか選び取り、机の上で開いていた。

 

 「二〇一六年、十一月十三日の午後十時、川原町の住宅街で火災が発生。 火は三十分後に消し止められたが、焼けた家屋から三人の遺体が見つかった。 家屋の倒壊などにより、遺体はひどく損傷していて、司法解剖は困難とされた。

 しかし、出火元である烏丸からすま家の一家全員と連絡が取れなくなっていたことから、警察は遺体を烏丸広海ひろみ 四十三歳、烏丸千代ちよ 三十七歳、烏丸みなと 十五歳の三人と断定した、か……」

 

 これらの情報は、サーガから聞いた話とほとんど一致している。サーガの話を疑っている訳ではないが、彼は彼自身の目で、サーガの身に起きた悲劇の事件を見ておきたいと思ったのだ。姉の……サーガの配下であったウィンディの、その弟として。彼は、なかば義務感のような思いを胸に抱きながら、パラパラと資料のページをめくっていった。

 

 「何者かが、リビングのカーペットに灯油を撒き散らし、火を放った……すなわち、放火の可能性が高い。 警察は、これを烏丸広海による一家心中と判断。 家族間で何かトラブルが無かったかを捜査している……」

 

 記事はそこで終わっていた。別の新聞の切り抜きなども見てみたが、心中の動機が明記されている記事は見当たらなかった。何故、烏丸家が一家心中をしなければならなかったのか……その理由は未だ不明という事らしい。

 レイヴンが……烏丸湊が、家族を巻き添えにして自殺したのだろうか? そう考えもしたが、それを確かめる為の証拠はもう何も残っていなかった。小さく舌打ちをしながら、パラパラと別の資料に目を通していく大地。と、ほどなくして彼は気になる記述を見つけた。

 

 「烏丸広海は、あの『宮胡市総合病院』の外科医だったのか!? 焼けたあの家も結構な豪邸だったし、ヤツの家はかなりの金持ちだったのかもな……」

 

 烏丸広海のプロフィールには、彼が勤めていた病院についての情報や、そこでの実績などといった情報も細かく記載されていた。彼はかなりの名医だったらしく、今までに数々の手術をこなし、多くの人を救ってきたと書かれている。そこには添付資料として、彼の職場から見つかったカルテのコピーがいくつか載っており、彼が今までに執刀したのであろう急患たちの名がズラリと━━━━━

 

 

 「…………え?」

 

 ぼんやりとそのカルテを流し読みしていた大地は、その中にあった見覚えのある名前に、思わず目を疑った。慌ててその患者のカルテを開き、食い入るように見つめる。七年ほど前、とある小学生が交通事故で負傷し、その手術が行われた。つらつらと書かれているその患者の情報を眺めるうちに、大地はある矛盾むじゅん点に行き着いた。

 

 「これは……じゃあ、あの時の違和感は……!」

 

 ハッとして、大地は最初に見ていた事故の資料を再び開いた。火災現場の写真や、遺留品一覧をくまなく調べる中で、彼は"あるもの"の残骸がそこに残されているのを発見した。

 ……それは、何の変哲もない、"包帯の焼け残り"だった。

 

 

 「まさか…………」

 

 信じがたい事実が、大地の脳に突きつけられる。止まっていた時計が動き出すかのように、ある一つの推理によって、次々と彼の頭の中を渦巻いていた矛盾が打ち砕かれていく。薄暗い部屋で一人、茫然とたたずむ彼の手元で、パタン、と資料の束が裏返しになって倒れた。

 

 ***


 「はぁ……」

 

 有栖川ありすがわが捕まったあの日から三日。私の高校生活は、ドタバタから解放されつつあった。

 あれ以来、大地君が私のもとに押し掛けてくる事はなくなった。少し寂しくなった気もするが、まぁ、それはそれ。事件が解決したのだから、結果オーライという事にしておく。私からすれば、賑やかなのより静かな方が、遥かに心地いいものだ。

 そして、私の生活そのものにも、少しばかり変化が生じていた。それは……

 

 

 「━━━━━おい、サーガ。 パン買いに行こーぜ」

 

 「保津君! ……うん、いいよ」

 

 あの一件以来、私と保津君の仲が急接近したのだ。

 冷めかけていた気持ちが、あの日から再燃し始めた……んだと思う。保津君のちょっかいのペースは普段通りだったんだけど、それに対する私の反応の変わりようは、はたから見ても分かるほどだった。登下校も、昼休みの購買も、彼と一緒に行くのが日課になりつつあった。

 

 「なんか……アイツらいい感じだよね……」

 

 「なんかムカつく~……!」

 

 「うぅ……いーなぁ綾火……アタシも親友のよしみで仲良くしたいのにぃ……」

 

 クラスメイトからの羨望せんぼうの眼差しを背に受けながら、いつものように保津君とパンを買いに行く私。さびれていた私の高校生活に、色がつきはじめたような、そんな感覚だった。

 

 

 「……なぁ、サーガ。 ちょっと話があるんだけど」

 

 と、渡り廊下で唐突に立ち止まり、保津君が渡しに声をかけてきた。

 

 「? どうしたの?」

 

 何やら真面目な顔つきの保津君を見て、思わず胸がトクンと音を立てる。周りには、先生や生徒の姿はない。乾いた風が通り抜ける中、彼は私の目を真っ直ぐに見て、言った。

 

 

 「今日の放課後、俺と一緒に来てくれ。 ……大事な話がある」

 

 

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