第9話

***


 「━━━━━はい、おしまい。 ……どう? 私の黒歴史を聞いた感想は」

 

 「…………えっと……前半はアレだね。 かなーりイタい感じだったね」

 

 「ぶっ殺すよ?」

 

 「じ、冗談だってば! ……それにしても、ね…………」

 

 客足が増えて賑わうMIYAKOカフェの一角で、私たちは非常に重苦しい空気にさいなまれていた。まぁ、この話をすると決めた時点で、こういう空気になることは予想してた。誰もが引くであろう重い話を、それでも包み隠さずに全て話してやったのだ。嘘だと思われないよう、こうして日記も持ってきたんだし。これで、少しは大地君の気も紛れるだろう……と、私はそんな風に考えていた。

 

 「……大地君?」

 

 が、さっきから大地君のリアクションが無い。言葉を返しづらいのはもっともだが、それにしても静かすぎる。チラ、と大地君の方に目をやると、彼はうつむいてわなわなと震えていた。

 

 「そんな…………じゃあ、サーガは姉さんに恨みを持っていたどころか……」

 

 「……むしろ逆だね。 私の方が、凪沙に恨まれてたんじゃないかな。 最初に君が私のところに来た時、「姉さんの仇だ!」とか言ってたでしょ? ……その時私、この事思い出してちょっとゾッとしてたんだよね。 まぁ、結果的には違った訳だけど」

 

 ははは……と乾いた笑いを見せる私だったが、もはや世奈ですら愛想笑いを返してくれなくなっていた。客の一人が窓のブラインドをピシャッと閉めたことで、私たちの席は間接照明のみの薄暗い空間へと変わった。

 

 

 「……すまなかった」

 

 そう言って、大地君はペコリと頭を下げた。彼のあまりに突然な行動に、ちょっと驚いて彼を見る。ついこの間までの、私の上に立ってマウント取ろうとばかりしていた"グランディス"君の威勢は、もうそこには無かった。

 

 「サーガや姉さんにそんな過去があったとは知らず……あまつさえ、俺は一番の被害者である貴女を疑ってしまった。 これは、大地の化身にあるまじき愚行だ……だから、すまない!」

 

 「……もう良いよ。 私としては、疑いが晴れてくれたらそれで十分だし」

 

 「綾火……」

 

 これで問題は解決! ……の、筈なのに、大地君も世奈も、なんだか釈然としていない様子だった。別に、同情して欲しくてこんな話をした訳じゃない。でも、過程はどうあれ、関係ない二人にまでこんな話をしてしまったのは反省すべきところだ。それに、今の話を聞いて、二人が私の事を責めたりしないだろうか……なんて、少し不安に思っていた部分もあったのだが、そんな事はなくてちょっと安心した。大地君も、根は優しい子なのだろう。

 大地君の言葉を最後に、私たち三人はすっかり黙りこんでしまった。窓際の席でペチャクチャと喋る若者たちとは正反対の空気感が、私たちの周囲にだけただよっていた。

 

 

 ━━━━━ピリリリリリッ!

 

 

 「……あ、すまない。 刑事さんからだ」

 

 気まずい沈黙を打ち破るかのようなナイスタイミングで、大地君の携帯が鳴った。一瞬、外に出ようとして立ち上がった彼だったが、入り口が人でいっぱいになっているのを見て、その場に座り直し、控えめな声で電話に出た。

 

 「もしもし、刑事さんですか……?」

 

 さながら、秘密のやり取りでもするかのような格好になっている大地君を、世奈と共に眺めていた。何か事件のことで進展があったのだろうか? そんな事を考えながら、頼んでいたアイスティーをすすっていた時だった。

 

 

 「━━━━━闇医者の身柄を確保したっ!?」

 

 ガタンッ! と立ち上がる大地君に、客の視線が集中する。私と世奈、そして大地君の三人は、示し合わせたかのように顔を見合わせた。そして、すぐさま席を後にするのだった。


 ***

 

 「━━━━━離せっ! 私は……殺しなんてしていないっ!」

 

 「大人しくしろ。 殺人未遂の容疑云々うんぬんの前に、お前には"闇医者稼業"っていう立派な罪があんだよ」

 

 大地君についていった私たちは、警察署の前で、今まさに犯人を連行しようとしている西大路刑事と鉢合わせになった。

 

 「コイツが、闇医者……」

 

 意外なことに、連行されていたのは、白衣に身を包んだ女性の医師だった。しかし、その髪はボサボサで白髪が混じっていたり、白衣も、白衣と呼べない程に汚れていたりと、かなり汚ならしい格好をしていた。

 

 「おぅ、早かったな。 ……ありゃ、こないだの嬢ちゃんも一緒か」

 

 「この人が、凪沙を……?」

 

 「あぁ、多分な。 ……有栖川ありすがわ玲子れいこ、この町で闇医者として違法に手術なんかをやっていた犯罪者だ」

 

 「黙れっ! 私は殺しなんてしていないっ! 九条なんて女を手術した記憶もないっ!」

 

 「痛っ……おいコラ! 暴れんな!」

 

 荒れた様子のその女……有栖川は、手錠をはめられた両手をブンブン振り回して、警察官に抵抗していた。荒々しいその様子を、私たちはただ棒立ちになって見つめているだけだった。

 どうして彼女は、凪沙に手をかけたのだろう? 怒りよりも先に、そんな疑問が頭をよぎって離れなかった。確かに危険そうな人物だという印象はあるが、彼女が凪沙とどうトラブルになったのかが見当もつかない。そもそも凪沙は、どうしてこの人の元へ行ったのだろうか。

 …………この人は、本当に犯人なんだろうか。

 

 

 

 「━━━━綾火っ、危ない!」

 


 「…………へ?」

 

 

 そんな事をぼんやり考えていた私は、警察官を振り切って、突如私の方へ突進してくる有栖川に気づかなかった。

 

 

 ━━━━━ドンッ!!


 

 「きゃあっ!?」

 

 鈍い音と共に、後方へと突き飛ばされる私。ズザザザ……と地面を滑り、お腹と脇腹にじんわりと痛みが走る。為す術なく倒れ込む私の上にまたがり、有栖川は狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 「綾火……そうか、お前が綾火か。 ……なら、お前を今ここで殺せば、ヤツの顔に泥を塗れる……!

 フヒヒッ……悪く思うなよ綾火。 ……今からお前をぶち殺すっ!」

 

 「な、えっ……!?」

 

 「おい、止めろっ!!」

 

 逃げようにも、全身の筋肉が硬直して動けない。

 助けて! と叫びたいのに、声がかすれて出てこない。


 どうしよう、このままじゃ……殺される!?

 まるで麻酔でも射たれたかのように動けなくなった私に向かって、

 有栖川は、両手を大きく振りかざし━━━━━

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