第8話

 「……………………え?」

 

 先生のその言葉を理解するのに、三十秒ほど時間がかかった。……いや、理解なんて出来なかった。


 烏丸君が……レイヴンが、死んだ……? 


 ……嘘だ、そんなの有り得ない。

 だってレイヴンは、ついこの前まで私と一緒にいたじゃないか。確かに、あの日以来レイヴンとは顔を合わせていなかったけど……でもレイヴンは、いつも私の側にいたじゃないか。


 嘘だ……嘘だ、そんなの。


 レイヴンが……レイヴンが居なくなるなんて有り得ない。

 そんなの……そんなの…………!


 

 「おい、烏丸って確か……」

 

 「サーガちゃんとよく一緒にいる男子だよね……?」

 

 「火事で死んだ、ってマジかよ……」


 「もしかして、サーガの呪い的な……?」

 

 生徒たちがヒソヒソと話始める。しかし、そんな皆の声すらも、私の頭には入ってこない。もう、何も考えられなくなっていた。そして……

 

 ━━━━ガタンッ!!

 

 「なっ、おい嵯峨!? まだHRの途中だぞ、嵯峨!!」

 

 気づけば私は……先生の制止も聞かずに、一目散に教室を飛び出していた。

 

***

 

 「あ、ああ…………」

 

 息を切らしながら、やっとの思いでレイヴンの家に辿り着く。そこで私が目にしたのは、無数のパトカーの列と、跡形もなく焼け焦げた烏丸家の無惨な姿だった。

 果てしない絶望感が、私の胸を襲う。立っていることすらできず、力なく膝をつく。なんで……なんでこんな事に? 頭の中で、そう何度も繰り返し叫んでいた。

 

 

 「……ん? おい、そこの嬢ちゃん。 もしかしてアンタも、この家に住んでたヤツの知り合いか?」

 

 と、私に声をかけたのは、仏頂面ぶっちょうづらしゃがれた声のおじさんだった。

 

 「貴方、は……?」

 

 「あ? あー、俺は宮胡市警察署で刑事をやっている、西大路にしおおじ兼吉かねよしだ。 見て分かると思うが、ここで起きた火事について捜査をしている」

 

 西大路、と名乗ったその男は、ヨロヨロと力なく立ち上がる私のもとへゆっくりと歩み寄り、

 

 「火事があったのは、昨晩の二十二時頃。 火はその三十分後には消し止められたが、焼けた家の中から三つの遺体が出てきた。 火事に伴って起きた家屋の倒壊により、遺体は見るも無惨な状態になっててな。 そのせいで、遺体の身元判明がかなり難しい状況になっている……が、まぁ恐らく、この家に住む烏丸家の三人で間違いないだろう」

 

 手元のメモに目を落としながら、淡々と事件の概要について語る西大路刑事。それから、チラリと私の顔を覗き込み、尋ねてきた。

 

 「……嬢ちゃん、何か知ってる事はあるか?」

 

 私は、首をフルフルと横に振った。西大路刑事は、小さくため息をつきながらボリボリと頭を掻き、

 

 「そうか……。 ま、念のため後で少し詳しく話を聞かせてくれ」

 

 

 そう言うと、彼はクルリと身をひるがえし、「すまんな」と一言だけ呟いてから向こうへ行ってしまった。

 私は、どうして良いか分からずにただ立ち尽くしていた。着いて五分ほどしか経っていないはずなのに、もう何時間もこうして項垂うなだれていたような感覚だ。頭に浮かぶのは、やはり、「どうして……?」という疑問ばかり。涙を流すことさえ忘れ、私はただ、茫然と焼け焦げた家を見つめていた。

 

 

 

 「━━━━家の床から、灯油が検出されたって。 警察は、家族の誰かが自ら火をつけて、一家心中をはかったんじゃないか、って言ってる」

 

 突如、私の背後から聞こえてきた、聞き覚えのある声。ビクッと肩を震わせて振り返る。そこには、光を失った目でたたずむウィンディの姿があった。

 

 「ウィンディ……」

 

 「サーガ様……貴女のせいじゃないんですか?」

 

 ゾクリ、と寒気がするような殺気を、その時確かに感じ取った。ウィンディは、もう既にいつものウィンディではなく、九条くじょう凪沙なぎさとして、その怒りをあらわにしていた。

 

 「あの儀式の日、貴女がレイヴンに酷いことを言ったから……彼の気持ちを踏みにじったから! ……彼は、心を痛めて自殺したんじゃないんですか?」

 

 「待って、ウィンディ……凪沙……!」

 

 「彼は、炎に身を包まれて死んだ。 ……深淵の業火を操る貴女に! 殺されたんだっ……!」

 

 「っ……!!」

 

 声が出なかった。あ……が……とみじめに喉を鳴らす私を、凪沙は殺気だった目で見下していた。その目の下には、無数の涙の痕が残っていた。

 

 

 「……今日、この日を以て、私は……ウィンディは、サーガ様との契りを破棄します」

 

 「まっ……待って……凪沙っ……」

 

 「……さようなら。 人殺しの悪魔」

 

 それが、凪沙と最後に交わした言葉だった。彼女も、警察に事情聴取を頼まれていたのだろう。パトカーから下りてきた若い警察官の男に手を引かれ、凪沙はパトカーへと乗り込んだ。その時、彼女が最後に見せた目を……憎しみと恨みに満ちた目を、私は今でも忘れることが出来ずにいる。颯爽さっそうと走り去ったパトカーの横で、ヘナヘナと倒れ込む私。そこに、"サーガ様"の威厳いげんはこれっぽっちも残っていなかった。


 ━━━━こうして、平穏と秩序を守り続けていたサーガ団は、サーガの人殺しによって、呆気あっけなくついえたのだった。

 


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