第7話

 

 「なっ……!?」

 

 驚愕するレイヴンの隣で、ウィンディは「きゃーっ!」とでも叫ぶかのように目を光らせていた。

 保津ほづ陽太ようた君は、私のクラスメイトだ。いつも皆に優しくて輝いていた彼は、クラスの中でも人気の高い男子だった。……そう、誰にでも分け隔てなく接してくれる彼は、陰キャであった私にも、優しくしてくれたのだ。私は、いつしか彼に惹かれるようになっていた。

 しかも、私は見てしまったのだ。彼が右の二の腕にグルグルと包帯を巻いていたのを。それが、単なる怪我なのか、はたまた邪気を封じ込める刻印なのかは分からない。でも、あの位置にあの包帯。……実は、完全に私とお揃いなのである。中二キャラをひけらかしていた時にも「お前おもしれーな!」と、私を受け入れてくれる彼を……自分と包帯がお揃いの彼を、私は契りの相手にしようと決意したのだ。

 

 

 「ど、どうしてヤツなのですかっ! ヤツは、その……人間界の女どもをたぶらかす悪魔だと、一部では噂されているのですよ!」

 

 「レイヴン! ダメよ、サーガ様が見定めた御方をとぼすような事を言っては!」

 

 「しかし……!」

 

 妙に食い下がるレイヴン。そんな彼の様子に少し違和感を覚えつつも、この時の私は、特に気に留めることはしなかった。

 

 「……とにかく! 儀式は明日の放課後、教室で執り行う予定だ。 お前たちは、私の儀式が無事成功するかどうか、側で見守っていてくれ。 良いな?」

 

 「イエス、マイロード!」

 「……イエス、マイロード」

 

 バシャバシャと、水鳥が川辺で音を立てる。私が得意気に鼻を鳴らすと同時に、その日の集いは終了となったのだった。


***

 

 「━━━━光栄に思うがいい! 我がサーガの力の一部を、お前に託すことにした。 人間界とのバランスを保つための特異点として、お前が選ばれたのだ。 ……だから、その……と、共に私と歩むことを、今ここに誓うのだ!」

 

 これが、私が一晩かけて考えた告白のセリフだった。

 私と保津君の二人きりになった教室で、私は、臆面おくめんもなくそのセリフを保津君に投げかけた。……今思い返すと、発狂して死にたくなるレベルのクソゼリフなのだが、当時の私は何故か、自信満々でこんな事を言っていたのだ。

 

 

 「……あー、えと……もしかして、告白なの?」

 

 当然のことながら、保津君はセリフの意図をイマイチ読み取れず困惑していた。そんな状況下であるにもかかわわらず、私は、「決まった……!」とドヤ顔を決めていた。儀式は間違いなく成功したと、そう思い込んでいたのだ。

 が……

 

 

 「その……悪ぃ。 おもしれーヤツだな、とは思うけど、付き合うのは……ちょっとな」

 

 

 「……え…………」

 

 その瞬間、私の得意気な顔はひきつって、頭の中が真っ白になった。

 ガタガタと、自分の中のプライドが崩れ去る音がした。この時の私は、まさか保津君が私のことをフるだなんて、考えもしなかったのだ。目の前で申し訳なさそうに頭を掻く保津君の腕には、いつか私が見たのと同じように、白い包帯が巻かれていた。でも、そんな彼の姿はみるみるうちに涙で霞み、歪んでいった。

 

 「……っ!」

 

 「!? お、おい嵯峨っ!?」

 

 堪えきれず、私は教室を飛び出した。悔しさと悲しみで、胸が張り裂けそうだった。教室の外から様子を窺っていたウィンディとレイヴンが私を引き留める。それでもなお、私は足を止めようとはしなかった。

 

 「サーガ様っ!」

 

 ウィンディの叫ぶ声で、我に返る私。その瞬間、目の淵に溜まっていた涙が、ボロボロと無造作に零れ落ちていった。業火の使い手であるサーガの威厳は、この時はもう完全に消え失せていた。

 

 

 「……あの、サーガ様」

 

 しばらくの間、困惑した様子で私を見ていた二人。そのうち、レイヴンがおずおずと私の顔を覗き込み、囁くように私に語りかけた。

 

 「アイツは……保津陽太は、サーガ様の力に見合う器を持ち得ていなかったのです。 彼には、サーガ様と人間界とを繋ぎ止める資格などない」

 

 だから……と、レイヴンは言葉を続ける。

 

 「僕が、その役目を請け負います! 僕は、ずっとサーガ様の下にお仕えしておりました。 だから、その、貴女の力を受け止める事が、僕には出来ると思うのです。 ……いや、出来ます! やって見せます!」

 

 今思えば、これは彼なりの私に対する告白だったのかもしれない。真剣な様子で私にそう語りかけるレイヴンの瞳は澄んでいた。"レイヴン"として、いつも私に話すのとは違う、"烏丸からすまみなと"君の姿がそこにあったのだ。

 しかし、その時の私は冷静さを欠いていて、彼のそんな気持ちを汲み取ることが出来なかった。いつも私の配下として接してきた彼にそんな気持ちがあるなんて、思いもしなかったのだ。……だから、私は彼を突き放してしまった。

 

 「……ふざけるな! お前なんて話にならん! 私が契約相手として見定めたのは保津なんだ! なのに……なのにっ……!」

 

 「……」

 

 レイヴンは何も言わなかった。ただ、茫然とした様子で力なくたたずんでいるだけだった。ウィンディが心配そうに私たちを見つめる中、私は彼女の腕を振りほどき、最後にキッとレイヴンの方を睨んで、言った。

 

 「お前は、保津君とは違う……!」

 

 「っ……!」

 

 涙を流しながら廊下を駆けていく私を、誰も引き留めてはくれなかった。影が差す放課後の校舎に取り残された二人の配下は、言葉を失ったまま、ただ茫然と私の背中を見つめているだけだった。

 

 

***

 

 それから一週間。

 私が学校でどんな風に過ごしていたかは、言うまでもない。正直、この時の記憶はあんまり無いのだ。授業にも全然身が入らなかったし、友達に何か話しかけられても、右から左へと内容が耳を通り抜けていくばかりだった。毎日行っていたサーガ団の集いも、あの日を境にストップしていた。

 

 「皆、おはよう。

 今日は大事なお知らせが二つある。 ……どちらも、あまり良くない知らせだ」

 

 そんな状態のまま迎えた、ある朝のHRの事。なんだか意味深な発言をしてから、担任の先生はコホン、と咳ばらいを一つ挟むと、

 

 「まず、一つ目。 突然だが、ウチのクラスの保津 陽太が転校する事になった。 ヤツは若い頃に両親を亡くして、ずっと一人暮らしだったんだが……どうも、親戚の仕事の関係で、宮胡市に引っ越すことになったらしい。 ……まぁ、俺もつい昨日手紙で知って、ビックリしている所なんだがな」

 

 えぇーっ!? と、クラスの女子から悲鳴の声が上がる。私自身も、あまりに突然の事態に目をパチクリさせていた。

 そういえば、保津君は三日ぐらい前からずっと学校を休んでいた。風邪か何かだとばかり思っていたが、まさか引っ越ししていたとは……。少しショックではあるが、あの日以来、私は彼と全く会話もせず、目も合わせずに過ごしていたので、もう彼の顔を見ずに済むのだと思うと、少しホッとしてしまう自分もいた。

 

 

 「そして、もう一つなんだが……つい昨日の事だ」

 

 と、声のトーンをあからさまに落とす先生。なんだなんだ、と生徒たちの注目が集まる中、先生は、衝撃的すぎる知らせを口にした。

 

 

 「昨夜、川原町の一軒家で火事があったのは知ってるか? ……その火事で、二組の烏丸湊という生徒とその家族が、遺体となって発見されたそうだ」

 

 

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