第6話

 「━━━━━で、なんで世奈も一緒に来てる訳……?」

 

 「いーじゃん! アタシも綾火の昔の話気になるしー。 ……それに、ムードメーカーも必要っしょ?」

 

 「はぁ……聞いてもいいけど、明日から絶交だからね?」

 

 「そこまで!?」

 

 土曜日。MIYAKOカフェのテーブル席を陣取って、私は、半ば強引に一緒についてきた世奈と共に、大地君が訪れるのを待っていた。休日という事もあって、店内はいつもより賑やかだ。声を潜めて話さないとマズイな……なんて考えながら店内を見ていると、キョロキョロと辺りをしきりに見回しながら店に入ってくる人影が見えた。大地君だ。

 お~い、と手を振りながら呼びかける。すると、彼は私がちゃんと来ていることにホッとしたのか、強張っていた顔を少しだけ緩めて席に近づいてきた。そして、私と向かい合わせの位置に腰を下ろすや否や、

 

 「待たせたな。 ……では、話して貰おうか。 お前と、姉さんとの因縁について!」

 

 「ちょ、いきなりかよ!? 何か注文したりとか……」

 

 「……いいよ世奈。 コイツ、何言っても聞かないし」

 

 はぁ……と、また無意識にため息が漏れる。私としても、過去を語るのなんかパパッと終わらせて、早く大地君を追っ払いたいため、さっさと話したい気持ちだった。しかしながら、今まで散々目を背けてきた過去だ。いざそれと向き合うとなると、やっぱり躊躇ちゅうちょしてしまう。……まぁどのみち、私の目の前で目を血走らせている大地君からは、もう逃げられないのだろうけど。

 

 

 「……じゃあ、どっから話そうかな……」

 

 私はガサゴソとカバンを漁って、ある一冊の古びたノートを取り出した。見るのも触るのも嫌なそのノートを机上に置くと、世奈の口から「うわぁ……」という小さな声が漏れた。そのノートの表紙には、マジックで『サーガ団 深淵の儀式記録』という文字が刻まれている。

 ……まぁ、いわゆる日記である。

 

 「サーガ団は、私が中学一年だった時に結成された悪魔の集い。 そのメンバーは、私含めて三人。 それで━━━━━」

 

 

***


 

 「━━━━━皆揃ったな。 では、これよりサーガ団の集いを執り行う」

 

 「「イエス、マイロード」」

 

 川沿いにあった、中学校が所有する備品倉庫の裏。そこが、私たちサーガ団のアジトだった。倉庫の壁には、私がこしらえたサーガ団の旗がコッソリと立て掛けられている。更には、段ボールの机やビニールシートの床も完備され、いわば"秘密基地"のような空間になっていた。毎日、授業が終わるとすぐにこの場所に集まるのが、私たちサーガ団のルールだった。

 

 

 「今日は、大事な話がある。 ……深淵の魔廊結界の存亡に関わる、重要な儀式の話だ」

 

 「なんと……天地を揺るがすサバトが、またしても執り行われるというのですかっ!」

 

 興奮気味にそう話すウィンディは、いつものように魔力の暴走を抑えるためのマスクを着用したまま、長い前髪の隙間から見える瞳を輝かせていた。

 

 ウィンディは、私の配下のような存在だった。風の精霊回廊を体内に宿しているという彼女は、フゥ、と一息吹きかけるだけで、巨大なビルを一つ倒壊させてしまう程の膨大な魔力を持っている。……らしい。

 彼女がこの力に目覚めたのは、夏休みが明けた時ぐらい。それまで彼女は、九条くじょう凪沙なぎさという名の、休み時間も一人で読書をするような大人しい生徒だった。しかし、私が教室内でサバトを執り行っている所を偶然見てしまい、それがきっかけで私の力に心酔し、自らも風の魔力を宿す"ウィンディ"となって、私に仕えたいと志願してきた。それ以降、彼女は私の右腕のような存在になったのだ。

 

 

 一方、私の姿を見上げながら、静かに私の話に聞き入るもう一人の配下、"レイヴン"も、「おぉ!」と小さく声を漏らしながら微笑んでいた。

 レイヴンは、私が中学に入学した時には既に、私の左腕として傍に居た。普段は、烏丸からすまみなとという少年の姿で皆に溶け込んでいる。しかし、いざ集いが始まると、彼は脳内に巣食う"ダークウィング"という名の悪魔にその魂を委ね、黒翼の化身"レイヴン"としてその真の姿を現すのだ。悪魔の力を借りて戦う彼は、業火の使い手である私と契りを結び、更なる力を得て私に仕えている。

 

 

 そして、その二人を統べるサーガ団の長。それが私……"サーガ"こと、嵯峨さが綾火あやかだった。

 ある日突然、深淵世界の業火に触れてしまった私は、自らの人格が焼き払われてしまいそうになる。しかし、運命が私に味方したのか、私の魂は焼失することなく、深淵の業火をその身に取り込むことによって復活を遂げたのだ。そうして、人間を超越する"サーガ"という極炎の化身が誕生した。

 私は、"炎を焼き尽くす炎"を駆使する、業火の使い手。私はこの力を使い、人間界の平穏と秩序を影ながら守る傍ら、サーガ団の勢力をさらに広げていくために様々な活動をしたりしていた。

 

 「ああ、これは大事なサバトだ。 ……しかし、それ故にこの儀式は非常に危険を伴う。 極炎の化身であるサーガ……即ち私が一人で執り行わなければならないのだ。 ただ、それでも成功するかどうかは分からない」

 

 「そんなっ!? サーガ様ともあろう御方が、そのように弱気になられるとは……」

 

 「どうして私たちは共に行けないのですか? 今までも、私たちは手を取り合い、魔導戦争による地球の危機を救ってきたではありませんか……!」

 

 「許せ、同士たちよ……。 しかし、これは私が……このサーガがやらねばならない儀式なのだ!」

 

 グッ……と悔しそうに歯噛みする(演技をしている)私を見て、ウィンディとレイヴンは黙りこんだ。この儀式の重要性を、二人は理解してくれたのだろう。冷たい木枯らしが、私たちの間を通り抜けていった。

 

 

 「……して、その儀式というのは一体どのようなものなのですか?」

 

 レイヴンが尋ねる。その言葉に、私はどう返したら良いかと悩みながら、静かに口を開いた。

 

 「実は、業火の力を手にした者の宿命として、人間界と強い結び付きを得なければならないという契約があるのだ。

 それで、その……わ、我がサーガの力を受け継ぐに値する人間と、……ち、契りを……明日交わそうと思う」

 

 

 「「えっ……!?」」

 

 驚いて声をあげる二人。まぁ、無理もない。

 ……今の言葉を翻訳すると、『好きな子が出来たから、明日告白しに行きます』という意味になるのだから。

 サーガの威厳はどこへやら、若干頬を赤らめて俯く私に、二人の配下は猛抗議した。

 

 「お待ち下さいサーガ様! 人間界の者と契りを交わすなど、いくら何でも危険すぎるのでは!?」

 

 「そうです! 下手をすれば、僕たちサーガ団の存亡にも影響するのですよ!」

 

 「分かっている! ……だが、これは必要なことなのだ。 サーガの宿命として、やらねばならぬことなのだ!」

 

 もっともらしい理由をつけて二人を説得しようと試みる私だったが、二人はなかなか理解を示してくれなかった。……いや、ひょっとするとウィンディは、私の話に少しばかり興味を示していたのかもしれない。中二世界の会話ではあるが、蓋を開けばただの恋バナ。マスクでよく分からなかったものの、ウィンディは私に抗議する一方で、僅かにニヤニヤしていたようにも感じられた。

 

 「それで、そのお相手というのは……?」

 

 それを示すかのように、ウィンディが相手を聞いてくる。私はしばらく口をもごもごさせつつ、やがて顔を赤くしながら、か細い声で言った。



「……ほ、保津ほづ君…………」


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