第5話

 ━━━━あれから、三日が経過した。


 例の日の事もあって、ここ最近はあんまり眠れない日が続いていた。授業にも全然身が入らないし、友達に何か話しかけられても、右から左へと内容が耳を通り抜けていくばかり。心のモヤモヤは、依然として取れないままだった。

 

 そして迎えた昼休み。私は、顔を覆うように机に伏せて、盛大なため息をついていた。

 というのも……

 

 

 「━━━これで勝ったと思うなよサーガ。 まだお前への疑いが完全に晴れた訳ではないからな」

 

 「そう思ってるのは君だけだよ……」

 

 「フン、口応えが出来る立場か?

 ……地獄の業火よ、今こそ我に力を! 冥界の紅蓮インフェルノ・スカーレッド!」

 

 「あああああああごめんなさいごめんなさい謝るからマジでそれは止めてぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 あの日、クラスを騒がせたくだんのグランディス君……もとい大地君が、またしても昼休みの教室に姿を現したのだ。初日を含めると、もう四日連続のご登場。他校の生徒にこんな簡単に入られて、先生たちは一体何をしてるんだろうか……。


 凪沙へのお見舞いとかで会うのならともかく、これ以上私と大地君が顔を合わせる必要はないはずだ。それなのに、この少年は私の席の横で仁王立ちしながら、片時も私を監視下から外そうとしないのだ。……正直言って、メンドくさい事この上ない。

 

 「ねぇ、どーすんのよ綾火。 これ犯人捕まるまでずっと続く系じゃない? ……ストーカーの被害届とか出す?」

 

 「うん、もうそれが良い気がしてきた……」

 

 心が疲れきっているせいか、世奈の声も頭に入ってこない。一体いつになったら、私はこの状況から抜け出せるのだろう……そんな漠然とした不安だけが頭を渦巻いていた。

 

 

 「……おい」

 

 と、大地君が居る地点から、別の人の声が聞こえてきた。モゾモゾと首を動かして見ると、そこには保津君が、大地君にメンチを切りながら立っていた。

 

 「お前、また来てんのかよ。 毎度毎度ここに来て、サーガにちょっかいかけてるらしいじゃねえか。 つーか、誰なんだよオマエ?」

 

 「俺の名はグランディス。 ガイアの加護を宿した大地の化身だ」

 

 「あぁ? ふざけんなよテメェ、サーガに手出したらタダじゃ済まねぇからな?」

 

 「フン、そのサーガにいつか足下をすくわれるかもしれないというのに、呑気のんきな男だ」

 

 「あーもーこんなトコでケンカしない! これ以上綾火の気苦労増やすなっつーの!」

 

 声をかける気力すら無い私に代わって、世奈が二人のケンカを仲裁してくれた。おかげでケンカにはならなかったようだが、未だに二人の間にはピリピリした空気が流れている。ついには、保津君はフン、と鼻を鳴らして、数名の女子と共に教室を出てどこかへ行ってしまった。

 

 

 「アンタも、問題にならないうちに早いとこ帰んなよ」

 

 「断る。 俺は、サーガと姉さんとの因縁が明らかになるまでは帰るつもりはない」

 

 「まーた強情な……。 綾火どーする? グランディス君はああ言ってるけど」

 

 どうやら大地君は、私から直接話を聞くまではテコでも動かないらしい。本当に勘弁して欲しい……。このまま彼の手によって少しずつ過去の記憶をえぐられるか、はたまた、自分の手で過去の記憶を掘り起こして捧げるか……。究極すぎる二択に、私はただただ頭を抱えて苦しむしかないのだった。

 

 

 (……でも)

 

 その一方で、私の頭の中にはもう一つ別の感情があった。

 

 (このままずっと"あの事件"から目を背け続けていても、どうしようもないんじゃないかな……)

 

 私は、過去を捨てた。中二病という、恐ろしくておぞましい過去の自分とキレイサッパリ縁を切るためだ。

 ……でも、それだけじゃない。私は逃げていた。事件のことをないがしろにして、凪沙と仲直りする事すらも犠牲にして、私はとある過去を必死に忘れようとしていたのだ。

 このままで良いのかな……。ふと、そんな考えが頭をよぎる。彼がここにやって来たのも、凪沙と(あんな形ではあったが)再会を果たせたのも、全て運命なのだとしたら……。

 

 ……私は、そろそろ自分自身の"過ち"と向き合わなければならないのかもしれない。

 

 

 

 「……分かった」

 

 小さく呟いたその声に、世奈と大地君は「えっ……?」と声を漏らした。

 

 「……あーもーだからっ! 私と凪沙の事、ちゃんと話すって言ってんの! 明日の昼、駅前のMIYAKOカフェに来て! そこで全部話すから! 分かった!?」

 

 ほぼ投げやり状態の私に気圧けおされたのか、大地君はキョトンとしながら小さく頷くだけだった。それを見届けた私は、世奈や他のクラスメイトが唖然あぜんとする中、ズンズンと歩いて教室を後にする。昼休み半ばの教室は、依然として乾燥した暖かい空気に満ちていた。

 

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