第4話
「ウィンディ……ッ!」
ノックもせずに、勢いよく病室の扉を開け放つ。室内で仕事をしていた看護師さんがビックリして小さく悲鳴を上げていたが、そんな事はお構い無しで、私はすぐさま
「ウィンディ……ねぇ、ウィンディ……私だよ、サーガだよ。 目を覚ましてよ、ねぇ……!」
呼びかけても、返事はない。酸素マスクに覆われた彼女の顔は、当時と変わらない、美しい顔立ちのままだった。しかし、その顔は笑わない。シュー、シューと音を立てるだけで、彼女の目や口は、一向に動くことはない。それを目にした瞬間、私の目からボロボロと涙が
「うぅっ……ウィンディ……くぅっ、う、うわあぁぁぁん!!」
吹き出す悲しみは留まることを知らない。意思とは関係なく溢れ出る涙を止めることが出来ないまま、私はただ、動かない旧友の身体に寄りかかって、その布団を濡らしていた。
「━━━━あン? 誰だアンタ。 嬢ちゃんの友達か?」
と、ベッドの向こう側から、
「……あれ?
「お? 何だ、俺の事知ってんのか?」
名前を呼ばれた方は、私の事を覚えていない様子だったが、私は彼の事を知っていた。彼は━━━
「━━━ハァッ、ハァッ……やっと着いた……!
……って、刑事さん。 いらしてたんですね」
途中で外したのであろうマスクを握りしめた大地君が、ようやく病室に辿り着いた。彼が言ったように、この人は近くの警察署に勤務する刑事、
「おう、ちょいと報告があってな。 ……あれか? この嬢ちゃんは、お前の友達か?」
「違います! コイツが……コイツこそが、姉さんに手をかけた犯人です!」
「だから、私は違うって言ってるでしょ……!」
「そーだなぁ……被害者の前でこんなに泣きじゃくるような奴が犯人だとは、俺にも思えねぇけどな……」
ため息混じりにそう告げる西大路刑事に、大地くんは恨めしそうな視線を向ける。もし刑事さんが大地くんの言葉を真に受けて、署で取り調べなんてさせられたらどうしよう……と少し心配していたのだが、
「……それで、報告って何ですか?」
「あぁ、実はな……」
のっそりと立ち上がった西大路刑事は、手にしていたファイルから二、三枚ほどの束になった紙を取り出すと、乱雑に大地君の方へと投げた。
「被害者の目撃情報や持ち物、さらには残されていた指紋……これらから、容疑者がある程度絞り込めてきた」
「っ!?」
「あー……だが、まだ証拠が不十分でな。 容疑者の名前を明かすことは出来んし、何より行方が分かってない。 まぁ要するに、もうすぐ犯人が捕まりそうだからもう少し時間をくれ、って報告だ」
目を見張る大地くん。私も、こんなにあっさりと事件の幕切れが訪れるとは思ってなくて、少し驚いた。でも、事件が解決するに越したことはない。私にかけられた疑いが晴れる事もそうだが、それ以前に、どうして凪沙がこんな目に遭わなくてはならなかったのか。その真実を、私も知りたかった。
「詳しく聞かせて下さい! 今の時点で分かっている事を、全部!」
「あぁ、そのつもりだ。 ……嬢ちゃんは、被害者の友人なんだよな? じゃ、一緒に聞くか?」
「……はい、お願いします」
西大路刑事は、さっきの紙の束と同じものをもう一枚取り出し、私に投げた。公民の授業プリントと同じくらいややこしくて細かいその資料に目を
「……まず、被害者は
犯行推定時刻は、前日の午後十時から、翌朝の七時までの間だな。 首もとの火傷、そして一酸化炭素中毒という被害状況。 そっから推察するに、容疑者はスタンガンか何かで被害者を気絶させた後、どこかの密閉した部屋に運び、
「どうして……どうして凪沙が……」
「さぁな。 容疑者はおろか、殺害現場もまだ断定出来る状況になってねぇから、そこは何とも言えん。 ……ただ、被害者の同級生への聞き込みから、被害者はとある闇医者のもとへ足しげく通っていたという事が判明した」
「闇医者……?」
突如出てきた新しいワードに、私と大地君はほぼ同時に反応した。意図しないシンクロに、大地君はムッとした表情を浮かべてこちらを
「あぁ。 ……正直に言っちまえば、警察はこの"闇医者"が犯人なんじゃねえかと踏んでいる。 奴は数日前から足取りを消していてな、下手すりゃ指名手配するかもしれん」
「あの……その闇医者というのは、どういう人なんですか?」
西大路刑事は、質問した私の顔をじーっと十秒ほど見つめてから、
「あー……嬢ちゃんは知らねぇか? 最近、宮胡市内で"プチ整形"とか言うのが流行ってるらしいんだが……」
「プチ整形…………あっ」
思い出した。確か、世奈がそんな話を
「姉さんが、整形を……?」
「いや、この病院の医者に聞いたが、被害者に整形の痕跡は無いらしい。 まぁ、値段交渉か何かの最中でトラブルになった、って感じじゃねーか?」
凪沙の顔を覗き込みながら話す刑事さんに釣られ、私も凪沙の顔にチラリと目をやった。整った顔立ちは、中学の頃から変わらない。こんなに美人なのに、わざわざ整形なんてする必要あるのだろうか? それが、少しばかり気になった。
「……とにかく、警察はその闇医者の行方を追っている最中だ。 とっ捕まえたらすぐに連絡するから安心しろ」
「……はい、ありがとうございます……」
ペコリ、と頭を下げた大地君を見て満足したのか、西大路刑事はそのまま静かに病室を後にした。カタン、という扉の音を最後に、病室の中は重苦しい静寂の空間と化した。
「……じゃあ、私もそろそろ戻るね」
しばらくの間、ずっと黙りこくっていた私たち。だが、ずっと病室に居座るわけにもいかないので、結局私が
仕方なく、私はスタスタと彼の横を通りすぎて、病室の扉に手をかけた。部屋を出る直前、微かに彼の呟くような声がした。
「姉さん……」
その言葉に、私は何も返すことが出来ず……。静かに閉じた病室の扉の向こうからは、それ以降、何の音も聞こえてこなかった。
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