第3話

 ようやく気づいた彼の正体。すっかり置いてけぼりの世奈たちを無視して、私は叫ぶ。

 

 「九条ってもしかして、ウィンディ……じゃなくて、凪沙なぎさの? もしかして、凪沙なぎさの弟君!?」

 

 「フッ……ようやく気づいたか、サーガ」

 

 「サーガ言うな! ……いや、それにしても……嘘でしょ、凪沙の弟……」

 

 九条くじょう凪沙なぎさ。この名前は、私もよく知っていた。何を隠そう、彼女は私が作った『サーガ団』に所属していたメンバーの一人なのだ。


 私が"サーガ"と名乗っていたのと同様に、彼女は自分を"ウィンディ"と呼んでいた。だから、私からすれば、そちらの名の方が馴染み深いかもしれない。ウィンディは、中学時代に出来た私の数少ない友達の一人なのだ。

 ウィン……凪沙とは、私が我に帰った中三の時ぐらいから疎遠になっていた。というのも、ある事件をきっかけにケンカ別れをしてしまい、そのまま別々の高校に行ってしまったからだ。確か彼女は、市立の亀山高校に通っていた筈だが、まさかその弟君が、同じ高校に通っていたとは知らなかった。

 

 「なんていうか……すごいイメチェンしたね? 確か、昔はもっと"冴えない男の子"って感じの見た目だったのに」

 

 「なっ……黙れ! 俺は生まれ変わったんだ! グランディスという名のもと、ガイアの力と一つになってな!」

 

 あー……いわゆる"闇堕ち"という奴か。どうやら大地君は、私や凪沙と同じ道を辿り、中二病をわずらってしまったらしい。これから先、その経験があらゆる苦悩を生むというのに……南無。

 

 

 「えーっと……要するにこの男子は、綾火の昔の友達の、その弟って事?」

 

 床にペタリと座り込んだままだった私に手を差し伸べながら、世奈が話を整理する。私は、その手を掴んでヨロヨロと立ち上がりながら、コクリと頷いた。大地君とは、友達の友達、ってぐらいの距離感であるため、そこまで仲が良かった訳ではない。だが、よく凪沙の家に遊びに行っていた私は、自ずと彼とも何度か顔を合わせている。彼が私の黒歴史を知っていたのも納得だ。……しかしまぁ、まさかこんな形で再会するなんて思ってもみなかったけど。

 

 「んで、大地クンだっけ? ウチの学校に無理矢理上がり込んで、でもって綾火に何かよく分かんない攻撃して、一体何が目的な訳?」

 

 敵意を含んだ目付きとともに、世奈が問いかける。大地君は、外していたマスクを静かにつけ直すと、

 

 「言っただろう? 俺は姉さんの仇をとりにきた。 ただそれだけだ」

 

 「仇ぃ? 綾火、その凪沙とかいう子に何かしたの?」

 

 「えっ……いやまぁ、ちょっと前に大ケンカはしたけど……」

 

 「とぼけるな! 姉さんをあんな目に遭わせておいて……タダで済むと思うなよ!!」

 

 はぁ、マジ意味分かんない……とボヤく世奈の傍らで、私は彼の真剣すぎる様子に違和感を覚えた。言動こそふざけまくっている彼だが、その態度や目付きだけは、おふざけなんかじゃない。真剣そのものであるように感じたのだ。

 

 

 「ねぇ……凪沙に何かあったの?」

 

 恐る恐るそう尋ねると、大地君はほんの一瞬だけ顔をしかめた。それから、怒りをはらんだ声で、私に衝撃的過ぎる告白をしたのだ。

 

 

 

 「━━━━姉さんは今……一酸化炭素中毒で、昏睡こんすい状態になっている」

 

 

 「え…………」




 ……言葉を失うとは、まさにこの事だと思った。思ってもみなかった旧友の近況報告を、私は事実として受け止められずにいた。頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が、脳内を駆け巡る。

 

 「い、一酸化炭素中毒って……」

 

 「下らない猿芝居をするな! 全部……全部お前がやった事だろう、サーガ!!」

 

 拳をグッと握りしめながら、大地君は悔しそうな表情を浮かべていた。沈黙に包まれていた教室は一変、別の意味での沈黙に包まれていた。

 

 「ちょっと、唐突すぎだって! ちゃんと順追って説明しなよ!」

 

 世奈がそう声をあげてくれたお陰で、我を失うように叫んでいた大地君は、なんとか落ち着きを取り戻してくれた。そして、ばつが悪そうに咳払いを一つ挟むと、

 

 「……つい一週間前の事だ。

  姉さんは、家に帰る途中で何者かにさらわれた。 そして翌朝、家の前で倒れ伏している姉さんを見つけた俺は、すぐに姉さんを病院に連れていった。 医師の診断で、姉さんは一酸化炭素中毒だと言われて、今も病院のベッドで眠っている。 警察も、これを殺人未遂の罪として捜査している」

 

 世奈も私も、彼の言葉を真剣に聞いていた。警察、という言葉に反応して、クラスメイトの何人かがヒソヒソと話をし始める。……そういえば、つい最近、宮胡みやこ市内で通り魔事件が発生したという噂があったのを、どこかで聞いたような気がする。

 

 「警察はまだ犯人の足取りを掴んでいない。 ……だが、俺には分かる。 お前が……業火の使い手であるサーガが、姉さんに手をかけたという事が!!」

 

 「ちょ、ちょっと待ちなよ! んなもん有り得ないに決まってるでしょ!」

 

 真っ先に抗議したのは、世奈だった。私をはじめとして、この場にいる生徒全員が察した事だろう。私が"業火の使い手である"なんて、中二病のごと。実際にそれで人を襲うことなんて出来るはずがない。

 しかし……

 

 「一酸化炭素だぞ!? 犯行に炎が用いられたのは明らかだ! サーガ以外に誰が考えられるっていうんだ!」

 

 ……彼はどうやら、本気で私が"業火の使い手"であると信じているらしかった。


 未だに現実を受け止められない私に代わって、世奈が大地君に対抗をしてくれている。しかし、大地君は"犯人はサーガだ"の一点張り。もう、らちが明かなかった。

 

 「おい、お前も何とか言ったらどうなんだ、サーガ!!」

 

 もう、サーガという呼び名への抵抗感はどこかへ消えていた。それどころか、弁明するということすら頭に無かった私は、ボソッと一言、呟いた。震える身体を押さえ、か弱く声を絞り出しながら、言った。

 

 

 「会わせて……」

 

 「……は?」

 

 「……お願い! 凪沙がいる病院に私を連れてって! 凪沙に、会わせて……!!」

 

 震える声は、いつの間にか必死な訴えかけに変わっていた。大地君の両肩を掴んでグワングワンと揺らしながら、私は必死に彼に頼み込む。

 

 「綾火……」

 

 私が犯人かどうかなんて、どうでもいい。それよりも今は、凪沙に会いたい。会って、無事なのかどうかを確かめたい! そんな思いを胸に、私は必死になって彼にすがり付いた。

 

 「…………」

 

 大地君は、しばらく黙っていた。クラスの皆も、私を心配そうに見つめているようだった。やがて、大地君が観念したかのように深く息を吐き、

 

 「……良いだろう。 姉さんを前にして、自分の罪をつぐないたいというのなら、ついてこい。 姉さんは今、福野町ふくやまち総合病院に……」

 

 「福野町ふくやまち総合病院ね! 分かった!」

 

 「お、おい!? 今から行くのか!?」

 

 「ちょ、綾火っ!? 午後の授業どうすんのー!?」

 

 「早退した、って言っといて!」 

 

 病院の名前を聞くや否や、私はすぐさま財布とスマホをポケットに入れて、教室を飛び出した。驚いた様子の大地君が、その後に続く。はやる気持ちを足に伝わせて、一目散に廊下を駆ける私と謎の男子生徒の姿を、廊下にいた生徒たちは物珍しげに眺めていた。

 

 ━━━━ドンッ!

 

 と、階段を下りる手前で、誰かにぶつかった。

 パンを買って帰ってきたところだった保津君だ。

 

 「いって、何すんだよ! ……って、サーガ? ちょ、どこ行くんだよお前!」

 

 「ちょっと急用! アンタには関係ない!」

 

 「はぁ? 何だよそれ、おい!」

 

 捨てゼリフを吐く保津君に、私は見向きもしなかった。風を切って駆ける私の後を追う大地君は、スルリと保津君の肩を避けて、そのまま通りすぎていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る