座り師伝説セキグチ

アホトーカー

第1話

がたん、がたん。

青と黄色のラインをペイントされた鉄の箱は線路の上を走る。

「あぁ~…」

ふと、うめき声ともため息とも取れぬ謎の声が口からまろびでる。

午前4時、早朝にも関わらず、電車の中はまさに地獄というのに相応しい環境だ。 頭上からは太陽が容赦なくそのエネルギーを照射し、肌にじりじりと熱を伝えてくる。

それに加え、エアコンが全く機能していない。車内の温度は次第に上昇し、息苦しさが増していく。汗が流れ、衣服が身体に張り付く感覚がますます俺の気分を苛つかせていく。

ふと、気分を変えようかと窓を凝視するが、目の前に広がるのは無限に続くと錯覚するほどの広大な砂漠が広がるばかりだ。

「間もなく〜アチアチ〜アチアチ〜」

電車のアナウンスが響く。

しばらくすると、一つのこぢんまりとした建物が見えてきた。

遂に来た。

どくん、と心臓が速く、力強く打ち始める。

それに相反するように、電車は速度をどんどんと落としていき、そして完全に止まった。

「すぅー…」

ドアが開くその瞬間、一度大きく深呼吸をした。

「ふぅー…」

そして、吐き出した瞬間。

扉は開いた。

幾人かが動き出し、人混みを掻き分け外に出る。

吊り革を離す者、地面に置いた鞄を背負う者。何より、座席から立つ者。

瞬間、俺の目は側面に空いた一つの座席をしっかりと捉えた。

距離、1m程。人混み、問題なし。遠慮、なし。

左右から迫る障害物を避け、安息地へと足を進める。

1m、80cm。

近づくにつれ、心臓がどんどんと高鳴るのを感じる。

60cm、40。

俺は立つ敗者のままではなく、座る勝者へと成る。

20、0。

「貰ったァ!!」

後ろを向き、席に飛び込む。

そう、確かに飛び込んだはずだった。

消えない浮遊感と首根っこの奇妙な感覚。

座席に座り、安息を得られたはずだった俺の身体は宙に静止していた。

「なっ、えっ?」

状況を把握するよりも速く状況が動き出す。俺の身体は突然浮き上がり、周りの人々は驚きの表情を浮かべているのが視界の端から見える。

「おい坊主、その席は儂のだぜ」

しゃがれた声がひどく不気味に聞こえ、全身の毛が逆立つ感覚がした。

振り返ると、一人の老人がいた。

顔は笠で隠れていて、黒い袈裟に身を包んでいる。錫杖を持っている枯れ枝のような腕には数珠が巻かれていて、まるでそこだけ時空が歪んでいる気がした。

「坊主、その席は儂のだぜ」と再び老人が言った。

「…いやだね」

ここから先、俺の目的地に到着するまでに九つの駅、およそ4時間電車に揺られることになる。少しでも体力を温存しないと我が高校生活に支障をきたしてしまう。

「いい度胸だなクソガキ。だが実力が伴ってねえ。まずはその足を地につけるこった」

そう言われて自分の身体が未だに宙に浮いていることを思い出し、体をよじったりしてみるが、俺の身体は依然変わりなく浮遊したままだ。ふと、ちらりと見えた老人の口角がわずかに上がっている。

「ンのボケ老人が…!」

それから数分後。

もはやすべての手を尽くし、成すすべが無くなった俺はリュックにつけられたキーホルダーの様に電車に合わせてゆらゆらと揺れることしかできなくなっていた。

老人が座席に座りながら顔に微かな笑みを浮かべているのを見た俺は、怒りが身体中に満ちていくのを感じていた。

「坊主」

突然、老人が口を開いた。

「儂のことが憎いか」

「数分も宙に浮かされて憎くないわけなくない?」

「坊主、呪いを知っているか。」

「呪いって…あの呪い?」

「そうだ。呪術、巫術、妖術。名前こそ違うがどれも本質的には同じモンだ。」

なぜいきなり呪いの話を?

話が見えてこず頭がこんがらがる。

「まてよ、俺に呪術師にでもなれって?」

「ここからだ、坊主。」

老人は続ける。

「儂が言いてえのは、さっき言ったやつは全て人の意思が関係しているってところだ」

「…???」

「…はあ、要するに人の意思、い。や人の欲望は時に理論を凌駕するってことだ」

しかめっ面を崩さない俺に詳しい説明をあきらめたようだ。

「…結局、何が言いたい?」

「本当に頭が悪ィな坊主。お前は今、儂が憎いな?」

「ああ、憎いね!」

「座りてえな?!」

「座りたい!」

「どうして座りたい!?」

「疲れるから!」

「いいや違うな!」

「は?」

「違う違う違う、もっと自分に正直になるんだ。自分の一番醜い所をさらけ出せ!」

「…っ!」

俺の一番醜い所。心の奥底で想い、しかし自分で押し込めた一つの最悪な思考。

「お、俺の本当の願い、欲望…」

「そうだ坊主。もう一度聞くぞ。お前の欲望は、なんだ!」

そうだ、俺の本当の願いは…

『目の前で辛そうに立っている奴らを見下したい!!』

そうだ、これが俺の本当の欲望。

席を譲ってほしそうに見ている奴に大声で嗤い返してやりたい。

熱中症で倒れた敗者が担架で担がれているところを写真に収めてやりたい。

後先短い老害が息も絶え絶えになりながら人波に揉まれている所をずっと見ていたい。

自分の中で何かがどんどんと大きくなり、抑えることができない。

「お、おおおおおおお!!」

そのなにかは自分の中から際限なく溢れ出し、今にも俺の理性を食い荒らそうと牙をたてる。

ストレスが伝染する様をじっくり観察してみたい。

毎日死んだ顔で乗っているサラリーマンに石をなげてやりたい。

遠吠えが聞こえ、胸から何かが突き出した。

少し撫でれば鉄すら切り裂いてしまいそうな大きく鋭い爪。

全身を覆う青黒く硬い体毛。

獣の腕のようなそれは、一瞬もがいた様子を見せた後、一気に俺の中に潜り込んでいく。

「は?いったい何がッ!?」

その刹那、背中に激痛が走る。

まるで背中の内側から爪を掻き立てられるような意味が分からないが、しかし耐えようのない激痛だった。

また、遠吠えが聞こえた。

激痛が消え、久方ぶりに地面との会合を果たす。

「おい、このボケ老人…」

さっきの激痛、そもそもどうして俺は浮いていたのか。色々説明してもらおうと老人の方を見るが、

初めて見えた老人の顔にあまりにも奇妙な笑みが張り付いていたので思わず黙ってしまった。

「驚いたか、坊主?」と老人は不気味な口調で言った。「後ろを見てみな。それが答えだ」

俺は老人の言葉に従って、不安を抱きながらも身を反転させ、背後を振り返った。

「…狼?」

いや、違う。人狼だ。

全身を青黒い体毛で包んだ二足で立つそれは低く唸り、右腕を甲冑を着た男に刺し込んでいる。

「そ、の腕、は」

さっき俺の胸から突き出した獣の腕。

「そう、それがお前のチャクセ気だ。」

ああ、これは夢だな。

そう思った瞬間、意識を手放した。


「~~~♪」

聞きなじみのあるメロディーが聞こえた。

俺が小さいころから見ていた映画の主題歌で、今は着信音とアラームに設定している。

やっぱり夢か。

そう思い、定位置の頭の横に手を伸ばすが。無い。

よく考えると、枕をおかしい。

こんなに硬かったっけ?

「ああ、このスマホの持ち主ですか?今はぐっすりと…」

あの老人の声が聞こえる。

「…」

目を開けると、ボロボロの木造の屋内に、さっきの老人がいるのが見えた。

俺は静かに、そしてはっきりとこれが夢でないことを確信した。

「人のスマホをいじるなボケ老人が。」俺は老人に向かって苛立ちを込めて叫んだ。

老人は驚いたようにこちらをチラリと見つめ、再び向こうを向いた。

「ああ、はい。たった今目覚めました。…変わってほしい?はいはい」

そうつぶやき、またこちらを向き、今度はこちらにスマホを持つ腕を伸ばしてきた。

「誰から?」

「ナンチャラ高校のナントカさんだとさ」

それってなにもわからない…いや待て高校?

「…あっ」

今日は四月三日。そう、我が高校の入学式である。

「…はいもしもし。セキグチです。」

「ああ、セキグチさん!?」

電話の向こうから、焦った若い男性の声が聞こえた。

「まだ着いてないんですか!あと三十分で新入生代表による宣誓が始まりますよ!」

「あぁ…」

そういや新入生代表だったことを思い出した。

「すみません、少し電車でトラブルがありまして、すぐに行きます!」

そう言い、電話を切る。

終わった。

我が青春は目の前にいるたった一人の老人に蹂躙されてしまったのだ。

「おい坊主、どうしたんだ。」

「は、ははは…」

また、あの時の感触がした。

抑えがたい、何かが自分の中で膨らむ感覚。

「殺す…」

俺の中にどす黒い一つの欲望が広がっていく。

そのなにかは段々と形を形成し、またあの人狼の姿になり老人に向けて疾走する。

そして大きく腕を振り上げ、老人に向けて振り下ろした。

キンッ。と金属音がした。

老人を切り裂くはずだった爪は、一人の男によって止められた。

さっきの甲冑の男が日本刀で狼を食い止めているのが見える。

「どこから現れたんだこいつは…?」

いや、ていうかさっき腹を貫かれていたはず。

「チャクセ気は核を壊されなきゃ消えないんだよ。」

核?いやその前にだ。

「そもそもそのチャクセ気ってなんなんだ?」

「起きれるだろ。ついてこい」

質問に答えないまま老人は立ち上がり、そのまま背を向けてどこかに歩き始める。いつの間にか甲冑の男も消えていた。

「あ、おい待てよ!」

慌てて起き上がり、老人の後を追う。後ろから人狼がついてきている気配がしたが、振り返らずに歩いた。

そうすると、やがて開かれた場所に出た。

そこはよくあるグラウンドのようだったが、一つ異質な物が置いてある。

「電車の座席?」

間違いなくそれは電車の座席だったが、その光景は俺の頭の中をさらに難解にするだけだった。

老人が口を開いた。

「まず、さっきの質問から答えようか。」

「例えばどこかの待合室、食堂、そして満員電車。そのような場所で人は座りたいと願う。その欲望があまりにも強くなった時、その欲望は形を得る。それが…」

錫杖を鳴らし、老人の後ろが揺らめいた。その揺らめきは段々と人の形を取り、やがて甲冑の男へと変貌した。

「チャクセ気だ。」

「…へーーぇーー…?????」

親指の第三関節でおでこを軽く叩く。

「まて、つまり欲望が強すぎると欲望が具現化して、その具現化した欲望がチャクセ気…ってコト?」

「よし、理解したな。で、そのチャクセ気は…」

「いやいやいや、待て待て待て!原理はどうなってるんだ!?欲望が形を取るなんて小学生でも信じないぞ!?」

「原理は儂も知らん。チャクセ気の発見者であるチャクセすら解明には至れなかったしな。」

「は、はぁ~…?????」

老人は深いため息をつきながら言葉を続けた。

「しかし、実際にそれが起こることは確かだ。このチャクセ気と呼ばれる現象は、人の内面を映し、形を持つ存在となる。だから人によってチャクセ気の姿は変わるし、得意不得意も変わるってわけだな。」

相変わらず仏頂面を崩さない俺を見て老人は呆れた顔を見せ、後ろを向き、叫んだ。

「まあ、習うより慣れろってやつだ。おいセキレイ!!」

「そんな大声出さんくても聞こえてるよ!!」

後ろから声がした。どこかけだるそうな低い女性の声。

声の行方の方を向くと、そこには女性がいた。思わず吸い込まれてしまいそうなほど黒い目と、それに相反するシルクのような白く長い髪が煌めいていて、その様子がセキレイと呼ばれた彼女を現実から浮き立たせているような感じがした。

「ん、あんたが新しい座り師?」

また新しい用語が出てきた。

「すわりし…?」

また新しい用語が登場し、言葉に詰まる。そんな様子の俺を見て、女性は呆れたように言った。

「じいちゃん!説明せんとここまで連れてきたん?」

え、じいちゃん?

「この坊主がアホすぎてな。とりあえず実戦させた方がいいだろ」

その口調に少し苛立ったが、口を挟む前に女性が口を開く。

「で、その相手を私に?勘弁してやこっちももうすぐ入学式や言うてんのに!」

「一戦くらいいいだろ?それともなんだ、ビビってるのか?」

その言葉に空気が凍り付く。

「…はぁ、そこまで言うならちゃちゃっとやったるよ。」

そう言って女性がこちらを向く。

「セキレイいうもんです。よろしく。」

そう言い右手を差し出してきた。

「…セキグチですよろしィ!?」

こちらも手を差し出そうとした瞬間、首に冷たい感触が走る。

「甘いわ、あまあまの尼さんや」

ブゥゥゥーーーーー…ンという鈍く、生理的嫌悪を掻き立てるような音が聞こえた。

「は、蜂…?」

首筋に毒針を立てる透けた一匹のスズメバチ。

「あんたは『席取』初めてやろから、開示したる。あんたの首筋スレスレに針を立ててるその蜂が私のチャクセ気、『ハチノス』。」

「せきとり…?はちのす…?」

「そこも教えてないんかいあのじじい…」

とても面倒くさそうな顔をした後、セキレイはグラウンドにぽつんと置かれている電車の座席を指さす。

「あそこの座席、見える?」

「え、ああ、あれ?」

「そ、まず、超簡単に言うけど、チャクセ気を出せるようになった人のことを座り師。席取は座り師同士がチャクセ気を戦わせる競技の事」

「それ、勝ち負けはどこで決めるんだ?」

素朴な疑問を投げかけると、とたんにセキレイの口角が上がる。

「簡単や、相手のチャクセ気を消せば勝ち。勝者は玉座に座り、敗者は指を嚙みながらその光景を眺めることしか出来ない…どう、おもろそうと思わん?」

「…」

初めて見た彼女のその顔があまりにも恐ろしく、その迫力に押され、押し黙ってしまうと、セキレイはため息をつき、そっぽを向いた。

「ま、取り敢えず一回やってみよか。ほらさっさとそっち行き」

そう言われて座席から10メートルほど離れた場所で立ち止まる。

セキレイもまた、座席から離れた場所で止まり、こちらを向いた。

座席を挟み、距離にして約20メートル。

「…」

くだらないことと思いながらも、汗が頬を伝わる感覚がした。

「…ちなみに、ハチノスは私がつけてん。」

いきなり何の話かと思考が一瞬止まるその瞬間、セキレイが座席に走り出す。

「…え?あっおい!」

遅れて走り出すが、彼女との差は大きく開いてしまった。

「はっやすぎだろ…!」

こっちはあと6mくらいのところだが、セキレイはもうあと2m程度だろう。

まずい、よくわからないが負けてしまう。

「…俺が?」

負ける。負ける。負ける。

甘いなあ、あまあまの尼さんや。

さっきの言葉が頭で反芻する。

いかにも自分経験者ですよみたいなあの態度。

もし、ここで俺が負けたら?

きっとまた舐め腐った目で「まあ初心者なんてそんなもんよ」みたいな言葉を投げかけるのだろう。

違う。違う。違う。

そんな憐みの顔をされるのは俺じゃあない。

ふとセキレイの方を見ると、あと1mのところで、段々と速度を緩め、やがて完全に止まり大きくあくびをした。

「…は?」

煽られた。馬鹿にされた。完全に下に見られた。

また、あの感覚だ。

黒く、醜く、何処までも純粋なたった一つの欲望。

打ち負かしたい?違う。そんな緩いものじゃあない。

「俺は、あいつを、ぶち殺したい…!!」

人狼が走り、獲物に急接近する。

座席を横切り、あと1mといったところで、セキレイは大きく腕を広げた。

「ハチノス、行き。」

そうつぶやくと、彼女の後ろから黒い何かが蠢き、人狼に覆いかぶさる。

すると人狼は悶え、地面を転げまわる。

ふと、ブゥゥゥーーーーー…ンという音が聞こえ、その黒い何かがおびただしい蜂の集団であることに気づいた。

「おい…!どうした!あいつを殺せよ…!!」

そう叫ぶが、人狼は苦悶のうめき声をあげるだけで、立ち上がろうとしない。

どうして動かない?

どうして?どうしてだよ。

「な、な、何やってんだよ!動けよ!あいつをぶち殺せよォーーー!!」

「坊主、少し落ち着け」

「はあ…?いま!俺が!落ち着けると!?」

「いいから落ち着けつってんだこのクソガキ!」

その瞬間、錫杖が降りかぶされ、頭上に衝撃が走る。

「いっっ!!」

頭を抑え、地面を見ていると坊主の声が聞こえた。

「頭を冷やせ。今のお前のチャクセ気は暴走状態にある」

「ぼ、暴走ゥ…?」

「そうだ、今のお前のチャクセ気はリードを外された犬だ。今のあれは本当の欲望じゃねえ。お前の本当の欲望はなんだ」

「本当の、欲望…」

すう、と息を吸い、目を閉じる。

自分の欲望、それは?

あいつを殺す?

違う。

あいつを負かす?

そうだ、俺の欲望はあいつを負かすこと。殺すは勢い任せで出た妄言だ。

じゃあ、そのあとは?

あのナチュラルマウント女を打ち負かせて、俺は何をしたい? 

 勝者は玉座に座り、敗者は指を嚙みながらその光景を眺めることしか出来ない…どう、おもろそうと思わん?

また、あいつの言葉が頭の中で反響した。

「…ああ、見つかった。」

俺の本当の欲望。そうだ。俺は。

「お前に勝って、思いっきり見下してやりたい!」

その結論に至った瞬間、頭にあった雑念が消え失せ、脳が澄み渡る感覚がした。

大きく目を開き、再度人狼の方を見る。そして、大きく息を吸い、叫んだ。

「振り払え、ロボ!」

その途端、人狼、いや『ロボ』は起き上がり、一瞬のうちに周りの何かを全て切り払った。

狼王ロボ。かつて地球のカランポーで生き、5年間で合計2000匹の牛を殺し、最期は最愛の妻を殺され、怒りに身を焼かれ死んだ、賢くも哀れな一匹の狼の名前。

改めて、ロボを見る。

少し撫でれば鉄すら切り裂いてしまいそうな大きく鋭い爪。

全身を覆う青黒く硬い体毛。

そして、相手を見据える静かな怒りを帯びた鋭い双眸。

ああ、ピッタリな名前だ。

「…そう、それがあんたのチャクセ気の名前なんか。」

セキレイが口を開く。

「正直、初戦でチャクセ気を操れる段階まで行けるのはエラい才能やね。」

そこで、セキレイの顔が少し赤色に染まっているのに気づいた。

「ええやん、そんな才能に恵まれたルーキーをボコボコにしばくの、おもろそうやん?」

そういうと、セキレイの背後から

3mにも及ぶ蜂の群れが現れた。

「悪いけど、ちょっとだけ本気なるで。ハチノス。」

そうセキレイがつぶやき、右手を天に掲げる。すると蜂の群れは蠢き、やがて一つの大きな槍の形となった。

「アシナガ。」

そう呟き、右手を降ろす。

蜂の群れはロボに向かい、速度を落とすことなく襲い掛かろうとする。

「ロボ、真正面から突っ切ってやれ!」

そう叫ぶと、ロボも群れに向けて走り出す。

二つのチャクセ気はどんどんと距離を縮め、やがてロボが最初の一匹を切り裂いた。

しかし、瞬く間に黒い群れに覆われ、やがて姿が完全に見えなくなった。

「ま、経験の差ってやつ?群れ型のチャクセ気には真正面から突っ込んだらあかんってことやな。」

あたりには羽音しか聞こえない。

「いや、まだだ」

そうつぶやくと、セキレイは心底あきれた顔をして

「あー、まあ最初のうちはこんなんよこんなん。私も最初は負けまくりやったし」

と言った。

「だから、聞こえないのか?」

「…は?」

「ロボ、飛べ!」

遠吠えが聞こえ、一匹の人狼が黒い群れから飛び出る。

そして獲物の姿を捉えて、疾走する。 

「ッ!ハチノス、クマ!!」

獲物はそう叫び、辺りが蜂の群れに覆われる。

「もう一度飛べ、ロボ!」

その言葉を聞き、人狼は大きく飛び上がる。

太陽を背にするその姿は、獲物を狩るハンターのようでもあり、怒り狂う嵐の化身のようでもあり、なにより、玉座に座る圧倒的な王のようで。

「切り裂け、ロボ!」

そして、人狼は獲物を仕留めた。

「…なんや、知ってたんか。チャクセ気の核。」

そう、直前で思い出した老人の言葉。

チャクセ気は核を壊されなきゃ消えないんだよ。

「あいにく、あんたのじいちゃんが言ってたからな。それに…」

蜂が現れるのは決まって彼女の後ろからだった。

「だったら、背中に何かあるのは自明だろ?」

「…なるほどなぁ。アホやおもたんは、あかんかったなぁ」

そうセキレイがつぶやくと同時に獲物、彼女の背中にくっついていた蜂の巣が真っ二つに割れ、細かい砂が風に吹かれたように消え去った。

「さて、坊主。勝者の特権を味わう時間だ」

いつの間にか真横にいた老人がそう言い、指を指す。その方向には。

「…座席」

「そう、模擬戦とはいえ、お前は席取に勝利した。だからお前は座席に座る権利がある」

何処にでもある一人用の座席だ。

しかし、その何処にでもある座席がとても魅力的に感じれた。

1m、80cm。

近づくにつれ、心臓がどんどんと高鳴るのを感じる。

60cm、40。

俺は立つ敗者のままではなく、座る勝者へと成った。

20、0。

後ろを向き、ゆっくりと腰を降ろす。

「俺の…勝ちだぁ!!!」

そう叫ぶと同時に、俺の体重は玉座へと預けられた。


これが俺が座り師となった日だ。

これから俺は、数多の座り師と席取をしていくことになる。

ちなみに高校はここから徒歩5分だったのでギリギリ間に合った。


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