「ねえ颯、すみれちゃんと今度うちに帰ってきなさいよ」


 夏休みになった初日の昼下がりに、母さんから電話があった。


「ん、まあ確かに最近帰ってなかったっけ」

「そうよ、何も連絡してこないんだもの。まあ、すみれちゃんから近況は聞いてるけど」

「じゃあすみれが帰ってきたら相談してみるよ。また連絡するね」


 電話を切ると、静寂が部屋を包む。

 今日は半日ほど一人ぼっち。

 すみれは用事があるからと出て行ったまま。

 俺はじっと部屋にいる。


「それにしても、今日は暑いなあ。エアコン、つけてもいいのかな」


 窓は閉まっていて、扇風機だけが回っている。


 エアコンは部屋にあるのに、なぜか切られたままだ。

 ただ、いくらずっと住んでいるとはいっても、ここは一応すみれの部屋だから。


 勝手にさわるのも忍びない。

 すみれが帰ってきたら……でも、帰ってくるのかな。

 何してるのかな。

 もしかして浮気……いや、そんなはずはない。


 でも、用事ってなんだろう。

 部活で何かあるわけでもないし、もしかしたらすみれの両親が近くにきてるとか?


 そういえば、すみれって家族の話しないよな。

 どんな人なんだろう。



「お母様、それじゃまた」


 今日は私の実の母親が近くにきていたので、朝からカフェでずっと話していた。


 気難しい彼女は、それでも一応娘の私のためにお金は出してくれる。

 

 ただ、私を大事にしているのはただの世間体だ。


 地元ではかなりの家柄だった父の家に嫁いだ母は、しかしついに男の子を産むことができなかった。

 生まれたのは私だけ。


 で、母はずっと私に冷たかった。

 表向きはいい母親でも、私に対して優しかったことなど一度もなかった。

 だから私は捻れた。

 誰も信用できなくなった。

 そして、他人なんてみんな冷たいものだと思って生きてきた。


 でも、見返りなく私を助けてくれたのが颯君だった。

 だから私は恋に落ちた。

 でも、同時に彼を信じていないところもある。

 他人だから。

 いつか裏切られるかもだから。

 だから、縛っておきたい。

 そして、早くちゃんとしたものがほしい。


 子供が欲しい。

 男の子がほしい。

 

 男じゃないからという理由で虐げられた私だけど、心のどこかではきっと、男の子を産めばお母さんも振り向いてくれるんじゃないかって期待してる気持ちもあったのだろう。


 認められたい。

 そして、好きな人との子供がほしい。


 夏休みは、またとない機会。

 彼は今、部屋にいる。

 私に軟禁されてもなんとも思わなくなっている。

 もう、心配はない。

 裏切られる不安もない。

 いよいよ、だね。 


 今日からが本番。

 ちゃんと、子供を作ろう。


 彼はきっと、半日私がいないことでカラカラに飢えているはず。

 私も。

 こんなに彼と離れていて、すでに彼を欲して止まない。


 もうすぐ帰るから。


 帰ったらいっぱい、しようね。


 もうすぐ、本当の意味で結ばれる。


「来年の今頃は、パパとママだね」


 


 

 

 

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