試練


「ねえ颯君、こないんだけど」

「え?」


 夕食を食べ終えた時、お腹の辺りをさすりながらすみれが少し複雑な顔をしてそう言った。


「もしかしたら……そうかも」

「え、ええと。すみれ、ほんとなの?」

「まだ病院行ってないし、数日遅れてるだけだからわかんないけど。もしそうだったら私、嬉しいなあ」


 ほんのり頬を赤くして優しい顔になるすみれを見ながら、しかし俺は汗が止まらなかった。


 わかってはいた。

 わかってはいたけど、まさかこんな日が来るなんてことを本気で想定はしていなかった。


 すみれに押されるまま、毎日の快感に溺れていた。

 もちろん俺はちゃんとしようと何度も言ったけど、その度に「私のこと嫌い?」と言われて、そんなことを言われたら俺も断れなくて。


 でもその結果、もし本当に出来ていたら。

 俺、高校辞めないといけない。

 親にはなんて言う?

 仕事は? ちゃんとした仕事なんてあるのか?

 住むところは?

 これからどうすればいいんだ?


「ねえ、颯君は嫌なの?」

「あ、いや、そんなこと、ない、けど」

「でも、困ってる。やっぱり私と一緒にいたいとか、嘘なんだ」

「そうじゃないって。でも、大丈夫なのかなって」

「なにが?」

「お金とか、その、今後のこととか」

「お金持ちじゃなくてもいいし、なんなら貧乏でもいい。子供に苦労かけたくないなら私も働くよ? それでもダメ?」

「……」


 そこまで言われて、俺も何か思うところがあった。


 覚悟がないのは俺だけだ。

 すみれはとっくに、俺と一緒にいる覚悟ができているというのに。


「……すみれ、子供できてたら俺、ちゃんと働くから」


 自分の責任だ。

 それに、俺だってすみれと一緒にいたい気持ちは嘘じゃない。


「ほんと? じゃあ、ちゃんと覚悟決めてね」

「も、もちろん。頑張るよ」

「ふふっ、嬉しい。じゃあ、今日は一歩前進お祝いだね。お風呂、先入ってきて」

「すみれは?」

「明日の朝ごはんの準備してる」

「わかった」


 俺はそのまま風呂へ向かう。

 すみれは、忙しそうにキッチンで何か探していた。


 本当に料理好きで尽くしてくれる彼女だ。

 うん、何があっても大事にしよう。

 この前喧嘩した時に腕についた傷が疼く。

 うん、あの時はすみれをあんなに怒らせた俺が悪かったんだ。

 すみれは、優しいから。



「……今日のところは許してあげるね」


 何があっても一緒にいるって答えてくれたら100点だったけど。

 子供ができたら、ってことはできてなかったら結婚はまだしなくていいって意味だもんね。


 それじゃダメ。

 試してみたけど、やっぱりまだ颯君は私に溺れていない。

 溺死するまで、沈めたい。

 そして浮いてきたあなたの亡骸にキスしながら、一緒に沈みたい。


 ずっと、海の底まで。

 そんな私の気持ちに早く追いついて。


 まあ、とりあえずお風呂あがりにたくさんお話しよう。

 この前はいっぱい傷つけちゃったけど。

 今日は大丈夫。


「爪、綺麗にしてあげる」


 

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