幸せの裏側

「颯君、包丁よく切れるよ。ほら、人参も大根もスパスパ」

「そっか、よかった。今日の料理は?」

「そうねえ、今日はどう料理しようかなあ」


 俺は果報者だ。

 俺のために料理をしてくれる美人な彼女がいるなんて。

 でも、包丁さばきがほんとにうまいよな。


「すみれはほんと料理上手いよね」

「だって、好きな人のためだもん」

「嬉しいよ。俺も、手伝えることがあれば言ってね」

「ううん、私がするから大丈夫。あ、バター切らしてる。私、買ってくるね」

「それなら俺も一緒に」

「ううん、大丈夫。すぐだから」


 すみれはゆっくり部屋を出て行った。



「さてと、ももにゃんの中の人。死んでくれる?」

「ご、ごめんなさい! 私、もうしませんから!」

「えー、どうしよっかなあ。じゃあとりあえず、彼と写った写真をちょうだい?」

「で、データしかないから」

「じゃあデータ入ったスマホちょうだい。ここで壊すから」

「ご、ごめんなさい……もうしませんから」

「んー」


 さっきの会場の裏側。

 バイトを終えて着ぐるみを脱ぐ三船さんのところへ来た私は、包丁を彼女に向けながら迫った。


「死ね」

「ひっ!」

「なあんてね。あはは、この包丁、ちょっと切れ味悪そうだから新しいのと交換してくれる?」

「……私はただのバイト、だから」

「スタッフの人、まだ表にいるよね? 早くして。じゃないと次は本当に」

「わ、わかったから! ま、待ってて」


 慌てて着ぐるみを脱いで表に出た彼女が、もし私のことを通報したり逃げたりしたらそれこそ細切れにしてやろうかななんて思ってたけど。


 ちゃんと新しい包丁持ってきたみたい。


「こ、これ!」

「慌てないで。包丁だから危ないよ」

「はあ、はあ……もう、滝沢君には近づかないから。それでいいでしょ」

「んー、そこまでいうなら。でも、この古い包丁はもらっていくね」

「ど、どうして」

「あなたに渡したら私を刺すでしょ? 私なら、そうするもの」

「そ、そんなこと」

「するよ普通? 好きな人の彼女を殺すチャンスがあれば私はそうする。何十年を無駄にしても、誰の人生を消しても、未来でその人と結ばれる可能性があるなら」


 私は躊躇わない。


 そう告げると、三船さんはその場に崩れ落ちた。


 そんな覚悟もないのに、彼を愛してたなんて馬鹿馬鹿しい。

 私には、それだけの気持ちがあるんだもの。


 さあて。

 新しい包丁ももらったことだし。


「今日の晩御飯は、何にしよっかなー」


 

 

 

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