アツアツ

 ぐつぐつ煮込んだスープはアツアツで湯気で火傷しそうなほどに煮えたぎっている。


 そんなスープをすみれは、俺にあーんしてくる。


「はい、あーん」

「あ、あー……あっつ!」

「あはは、ダメだよ颯君。ちゃんとこぼさず食べてくれないと」

「ご、ごめん。でも熱くて」

「ふふっ、嘘嘘。私のわがままに付き合ってくれてありがとね」


 すみれと正式に付き合ってから一ヶ月が経った。


 以前より明るくなった彼女は、少し意地悪をしてくるようになったけど。


 悪戯されるのも可愛いなと思ってしまう。

 俺が嫌がると悲しそうに包丁を喉に向ける彼女の顔はもう見たくない。


 それに、すみれが笑っていると俺も気持ちが落ち着くのだから。


 今日も平和だな、と。

 生きてることを実感する。


「すみれ、今日はももにゃんショー見に行くんだよね」

「うん。一緒に写真とってもらおうね」


 二人で今日はイベントデートだ。

 この街はほんとももにゃんというキャラクターに依存しているので、なににつけてもももにゃんが登場する。


 今日は街に唯一あるショッピングモールでももにゃん握手会だとか。


 まあ、中の人が誰かは知らないけど、そんなことをいちいち考えていたら夢の国だって楽しめない。


 今日は楽しみだ。

 外に出るの、何日振りかなあ。

 連休だったもんなあ。

 ずっとこの部屋から出てなかったもんな。


「すみれ、あとちょっと学校行ったら夏休みだね」

「ね。夏休みはずーっと一緒にいられるね」

「でも、たまには遠くに出かけてみたりとかもしない?」

「一緒に、だよね?」

「もちろん。すみれと一緒に行きたいんだ」

「うん。でも、観光地はやだな。田舎と違って人がすごいでしょ」


 だから人の少ないところに行きたいな。

 そう言ってからすみれはカーテンを閉めた。


「さてと、ちょっと早いけどでかけよっか」

「うん。すみれ、お昼はなに食べようか」

「私がサンドイッチ作ってるから。外食はダメだよ。私が作ったものを食べてね」

「あはは、そうだね」


 二人で外へ出た。

 連休最後の日に初めて外へ出ると、眩しくて目がすぼんでしまう。

 

 しょぼしょぼする目で隣をみると、もっと眩しい彼女がいる。

 思わず目を細めてしまう。


 ももにゃんだった俺が彼女と出会い、今日はそんな彼女とももにゃんに会いにいく。


 そういえば今日のイベントは、包丁のセールだったっけ。


 すみれ、家庭的だからな。


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