本物の愛

 読みかけだった小説の結末は意外なものだった。


 彼女が病的に重くなり、最後には主人公が殺されかけるという展開には驚くより恐怖が勝っていたがそうじゃなく。


 主人公が、そんな彼女をそれでも愛してやまないという部分である。


 普通殺されかけたら逃げるか通報するか、何かしら自己防衛に走るはずなのだが。


 主人公はそんな彼女を受け入れて、なんなら君に殺されるなら本望だと言った。


 果たして、好きな人とはいえそこまで言える人がいるのかどうか。


 俺も、多分試されているんだ。

 そうだ、そうに違いない。

 だって、そうじゃなければ俺は死ぬ。


 俺は今、すみれの部屋にいる。


 三日は経ったと思う。 


 ずっと、椅子に縛られている。


 飲まず食わず。

 何も飲んでないから尿意もない。

 

 喉がカラカラだ。

 意識も朦朧としてきた。


 ここは、多分すみれの部屋。


「あれ、まだおしっこしてないの? やっぱりお水飲まないとダメかなあ?」


 数日ぶりのすみれの声。

 部屋に、彼女が戻ってきた。


「あ……あの、これ」

「死んじゃうって思った? あはは、そんなことしないもん。でも、ちゃんと反省はした?」

「はん、せい?」


 虚な頭で考えても、何も思い当たらない。

 俺は他の女の子と喋ったり、目を合わせたり、それこそ何もしていない。


 浮気を疑われるようなことはなにも。

 だとしたら、何を反省する?


「颯君、私の貸した本、全部読んだよね」

「う、うん……」

「読み終わった時、ちょっと重いなって感じてたよね」

「え……」

「あの本は私の理想なんだけど。私を否定されたみたいな気分になったの。ねえ、私が颯君を殺そうとしても、それでも私のことを愛してくれる?」


 本の内容と、目の前の彼女は同じだった。


 包丁を両手で握りしめて、笑顔なのに悲しそうに俺を見つめている。


 ゆっくり俺に迫ってくる。


 俺は、ここが分岐点なんだとなぜか瞬時に理解した。


 ゲームオーバーかハッピーエンドか。


 怖いと、心の叫びをあげて殺される未来か。


 それでも君が好きだと、生き延びる未来か。


 何が正解なのか。


 そもそも、その二つしかないのか。


 もう、俺には考える時間も余裕もなかった。


「すみれのことが……好き、だ」


 本音でもあり、その場しのぎの感情だったかもしれない。


 ただ、今は何より自由になりたかった。

 喉が渇いた。

 包丁を捨てて泣き笑うすみれが可愛いとすら、思っていた。



「よかった……颯君、もう大丈夫だね」


 大丈夫。

 

 何がどう大丈夫なのかもわからないけど、とにかく俺はその言葉にホッとしながら彼女にもたれかかっていた。


 そしてぎゅっと抱きしめられると、キスをされた。


 そのあとはあまり記憶はない。


 とにかく彼女を好きでいないと。

 彼女だけを見ないといけない。

 

 次に目が覚めた時にはそんなことばかりを考えていた。



 


 


 

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