「滝沢君、ちょっといい?」


 早退した翌日の朝。

 すみれといつものように学校へ通っている途中、三船さんが俺たちの前に立ちはだかった。


「おはよう三船さん」

「紫すみれ、あんたに話してない。滝沢君に用事があるの」

「ダメよ三船さん、私たち付き合ってるんだもん。彼氏とこっそり話そうとしてる女子がいたら止めるのは彼女として当然だわ」

「……じゃあこのままでいいから聞いて。ねえ、この女とは別れた方がいいわよ」


 三船さんがいつになく必死な顔で俺に訴えかけてきた。


 俺はなぜ彼女がそんなことを言うのか理解できず戸惑っていたが、隣のすみれはクスクス笑いながら俺の手を握っていた。


「別れた方がいい、ねえ。颯君、私のこと嫌い?」

「そ、そんなわけないじゃんか」

「だよね。ほら三船さん、颯君がそう言ってるのに別れた方がいいなんて、何様かしら。それとも、颯君が好きなの? ダメよ、人のもの欲しがったりしちゃ」


 余裕たっぷりのすみれに対して、少し息を荒くする三船さんは悔しそうにすみれを睨みつけていた。


 今にも殴りかかりそうな様子に俺はすみれを庇おうと身構えたが、三船さんはそのあとシュンと俯きながらため息をついた。


「はあ……なんであんたなのよ。滝沢君が守ってくれたのは絶対私だったのに」

「いいえ、私よ。ううん、それも違うわね。颯君は誰にでも優しいの。でも、その優しさに、あの優しい人が颯君だってことにいち早く気づけた私が結ばれた。当然だよね?」


 グッと手を引かれて、俺はすみれに連れられて学校へ向かった。


 その場に立ち尽くした三船さんの背中は、何か言いたそうにも見えたけど。


「ねっ、早く一緒に行こうね」


 そんなことを言いながら俺の手を握るすみれを振り払って引き返すなんて選択肢は、もうどこにもなかった。



 三船さんって案外大胆。

 でも、何をしても無駄だから。


 私は彼を虜にして。

 私も彼の虜になって。

 

 離れられない関係になっていくの。

 離れてても通じ合う、なんて言葉は大嫌い。


 この手の温もりだけが、彼とのつながりを信じられる。

 ずっとこのまま。


 片時も離さない。

 

 一緒に行こうね。

 どん底まで。

 二人で、落ちていきたい。


「ねっ、早く一緒に行こうね」

 

 

 

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