逆転

「見て見て、ももにゃんだよ」

「ほんとだ。今日は何のイベントなの?」

「地元の農家さんが果物をPRしてるんだって」

「へえ」


 駅前は、あの日のように混雑していた。

 俺がももにゃんだったあの日。

 通り魔が現れて駅前が大混乱に陥ったあの日。

 紫すみれと出会ったあの日。


「颯君、前通ってかえろっか」

「寄らなくていいの? ももにゃんいるのに」

「んー、私はももにゃん好きだけど、やっぱりそれって勘違いだったみたい。結局ももにゃんの中身が颯君だったから、好きだったのかなって」

「すみれさん……」


 俺へまっすぐむけられる好意に、照れ臭くと嬉しくなる。

 ここまで言ってくれる人がこれから先、現れることなんてあるのだろうか。

 それもこんなに可愛い子で。


「……すみれさん、あの、俺も」

「あれ、ももにゃん?」

「え?」


 駅前で風船を配っていたももにゃんがこっちを向いた。

 そして風船をパッと離すと、俺たちめがけてゆっくり歩いてくる。

 大きなぬいぐるみがどすどす。

 空に風船が舞う。

 その光景は異様で、俺の足は止まる。


「な、なんかこっちきたよ」

「颯君、怖いよ」

「……ま、任せて」


 すかさずすみれの前に出ると、ももにゃんも足が止まる。


「な、なんですか?」

「……」


 ももにゃんに話しかけるも何も言わない。

 そして、あれの後ろで怯えるすみれの方を覗き込む仕草を見せる。


 その時俺はピンときた。

 ももにゃんの中身の人が、すみれを狙っていると。


 可愛いからなのか、それとも何か他に事情があるのかは知らない。

 でも、顔を隠して女性に付きまとうなんてことは許せない。


「おい、は、離れろ!」


 大きなももにゃんに怯みながらも必死に彼女を庇う。

 すると、ももにゃんが首を傾げた、ように見えた。


「……」


 着ぐるみなので表情はもちろん変わらないが、それでも戸惑っているように見える。


 しかし離れようとはせず、やはり後ろのすみれを見ている。

 たまらず俺は、


「彼女に手を出したら俺が許さないからな」


 緊張と興奮で、そんなことを言ってしまった。


 するとももにゃんが怯んだ。

 そして、名残惜しそうに何度もこちらを見ながらもやがて離れていき。


 イベント会場へと戻っていった。



「怖かったねーさっきのももにゃん」

「う、うん。やっぱり変質者かな? だったら警察に」

「ううん、大丈夫。颯君が守ってくれたから」


 それに、中身も誰か知ってるし。


 私の嘘につられて、学校サボってあんな格好させられた三船さん。

 バカねえ、私が今日颯君と駅前で無理心中するって言ったら、あんなことして止めにきたなんて。


 私、死なないもん。

 颯君と一緒だから。

 それに、これで彼女も颯君の気持ちがわかったことだろうから。


 もう、付き纏うことはないかな。

 明日辺り、退部届持ってくるかしら。


 もう、先に除名しておこーっと。

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