ここからが


「颯君、おはよ」

「お、おはよう紫、さん」

「もう、ちゃんと名前で呼んで?」

「す、すみれさん」

「うん、おはよう颯君」


 目が覚めると、紫すみれが隣にいた。

 ベッドでくたばったように大の字になっていた俺の横で体を起こして俺の方を見ながら微笑む彼女はもう着替えを済ませていた。


 まるで昨日の出来事が嘘だったかのように、制服姿の彼女は襟ひとつ乱れていない。


 しかし俺は。

 

「ご、ごめんこんな格好で」

「何恥ずかしがってるのよ。今更じゃん。それより早く服着ないと風邪引いちゃうよ」

「そ、そうだね」


 裸のままだったので布団から出るのを躊躇ったが、そんな俺を見ても恥ずかしがる素振りすら見せない彼女の様子と俺の格好を見る限り、やはり昨日の夜の出来事は夢ではなかったと確信する。


 荒くなる息遣いも、快感と痛みに歪む顔も、全身に伝わってくる体温も。


 全部本物だ。

 そしてスッキリしている俺は冷静に今の状況を分析する。


「……やば」


 初めてを経験できた喜びや、学校のアイドルをこの手に抱いた優越感よりも先に来た感情は、やっちまったの一言。


 もちろん自らの選択であり、やらかしたなんて言えば彼女に失礼なことは重々承知なわけだが、それでも俺はなんで我慢できなかったのかと悔やむ。


 もちろん悔やんだところでもう遅い。


「颯君、颯君……えへへっ、朝ごはんもうできるから顔あらってきて」


 頬を赤く染める紫すみれは、酔ったように俺を見て笑っていた。

 

 あの笑顔の裏で何を思うのか。

 素直に俺との関係の進展を喜んでいるのか、それともエッチの余韻にうずうずしているのか。


 少なくとも俺はムラムラはしていた。

 もう一度したいと、思ってしまう。

 そんな邪念を振り払うように洗面所へ行き顔を洗う。


「……ふう」

「疲れた?」

「わっ! す、すみれ、さん」

「お顔洗ったら目覚めた?」


 顔を洗って鏡を見ると俺の後ろに紫すみれが立っていた。

 心配そうに見つめてくる彼女と鏡越しに目が合う。


「……目は覚めたよ」

「そっか。なんか冷静だからちょっと不安なの。私と寝たこと、後悔してるの?」

「……そんなこと、ないよ」


 悲しそうな彼女の顔を見ると、昨日のことを過ちだと否定するのは悪い気がしてきた。

 それに俺も嬉しくなかったわけではない。

 責任を取るべきだとも。

 いっそこのまま彼女とちゃんと付き合って、そして彼女と向き合えばわかってくれるかもしれない。

 こんなことになった以上、避ける方が失礼だ。


「すみれさん、あの、よかったら今後のことなんだけど」

「ふふっ、無理しなくていいの。時間はたっぷりあるんだから。颯君が真剣に私のこと考えてくれてるのがわかるから、嬉しい」

「すみれさん……」

「それよりご飯できたから。早くきてね」


 そう言って彼女はなぜか玄関の方へ向かっていった。

 俺はタオルを探して顔を拭いてもう一度自分の顔を見た。


 覚悟はまだ決まらない。

 でも、確実に前より彼女と向き合おうと思ってはいる。

 それにすみれもゆっくり考えたらいいって言ってくれてるんだから。

 この後ちゃんと話をして、学校へ行って、彼女との今後をきちんと考えたい。


 そんな秘めたる決意を胸に宿して、俺は洗面所を出た。



 玄関の鍵、ちゃんと閉まってる。

 この家、面白い作りなの。

 内側からも、キーがないと玄関開かないの。

 ちゃんと施錠したね。

 もう、誰も入ってこれないし出られない。

 学校にも連絡した。

 今日は二人とも体調悪くておやすみ。

 

 おやすみだよ。

 目が覚めた様子だったけど。

 まだ、これからだから。


「夢からは、覚めないでね」

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