甘える

「ねえ、コンビニに買い物へ行かない?」


 無意識に部屋の方へ戻ってしまった俺に対して、紫すみれはまずそう言った。


 そこで朦朧とした俺の意識は冴える。


「コンビニ? でも時間が」

「まだ夜の10時来てないから。早く行って戻ってこよ?」

「う、うん。だけど何かいるものあるの?」

「お菓子とか食べたいなあって。あと、飲み物もないし」


 時計を見ると夜の9時半。

 もうこんな時間なのかと思ったが、だからもうそろそろお暇しようとは言えず。


 一緒に部屋を出てコンビニへ向かうことに。

 

 夜道は人気も少なく、この辺りは特にお店もないから街灯の灯り以外はないもない。

 

 静まり返った暗闇をゆっくり進んでいると、隣を歩く彼女が「あっ」と声を出して前のめった。


「あ、危ない!」


 転びそうになった彼女に、咄嗟に手が伸びた。

 間一髪、転ぶ前に手を掴むことができた。

 夢中で彼女をグッと引き寄せると、勢い余って紫すみれの小さな頭が俺の胸にトスンと当たった。


「ご、ごめん」


 咄嗟に距離を取ろうとしたが、しかし彼女はそのまま俺から離れようとせず。

 手も、握ったまま。


「ありがとう滝沢君。また、助けられちゃったね」

「た、助けたなんて大袈裟だよ」

「ううん、そんなことないよ? ふふっ、ずっとこうしてたいなあ」

「あ、あの」

「なんてね。早く行かないと遅くなっちゃうよね。でも、このまま支えててくれる?」

「う、うん」


 足元の見えない夜道に不安そうな彼女は俺の手を握って離さない。

 俺は何度もその手を離そうと思ったが、また彼女が転びそうになったらなんて思うとそんなこともできず。

 

 優しく繋がれた手はそのまま。

 別に手錠もかけられていないのに、何故か離れられる気もしない。


 やがて、コンビニの明かりが見えてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る