お茶


「ねえ、せっかく送ってくれたんだしそのまま返すのも悪いからさ。ねっ、お茶だけでも」


 紫すみれを送り届けたら帰るつもりだったのだが、そう引き留められて泣く泣く部屋に上がってしまった俺は今、そのことを激しく後悔している。


 なぜかといえば、それは……


「あのー、これは?」

「ん、手錠だよ? 滝沢君が勝手にウロウロしないようにって」

「え、ええと、俺は別に何もしないけど」

「だけど私がトイレとかお風呂に行ってる間に部屋を物色されて恥ずかしいものを見られたら嫌でしょ?」

「し、しないってそんなこと」

「ダメ。私はこう見えて用心深いの」


 だそう。

 だったらまず部屋にあげるなと言いたいが、今は彼女の機嫌を損ねる行為は危険だ。

 なにせ身動きがとれないから。

 重たいベッドの足に繋がれた状態。

 短い鎖が俺の自由を奪っている。


「じゃあ滝沢君、お風呂入って汗流してくるから。トイレ行きたくない?」

「……行きたいってなったら外してくれるの?」

「んーん、その時はちゃんと準備してるから」


 ふふっと笑ってから彼女は部屋を出て、俺を残して扉を閉めた。


 そして風呂に向かったのか、廊下から何やら物音が聞こえる。

 サーッとシャワーの音がかすかに耳に届く。


 俺は何度か手錠を外そうとしたが、びくともしないのでやがて諦めた。


 十分、二十分と時間だけが過ぎていく。

 俺は段々と不安に襲われはじめる。

 ずっとこのままだったらどうしよう、とか。

 トイレに行きたくなったらどうしたらいいのか、なんて。


 思っていたら隙間風が吹いてきて、俺の体を冷やしてくる。

 ぶるっと身震いがした。

 もよおした。


「……え、どうしよう。ええと、紫さん! あの、トイレ行きたいんだけど! あのー!」


 急にトイレに行きたくなって俺は大声で彼女を呼んだ。

 しかし応答はない。


 徐々に尿意が込み上げてくる。

 しかし動こうとすれば鎖が張って俺をここに留める。


 まじでやばい。

 どうしよう、早く出てきてくれ。


「あの、早く、早く出てきてよ紫さん!」



「あの、早く、早く出てきてよ紫さん!」


 彼の声が部屋から聞こえる。

 んー、なんか嬉しいなあ。

 私がいなくて寂しがってる滝沢君を想像しただけでゾクゾクする。


 えへへ、早く戻ってきてほしいんだ。

 でも、ちゃんとすみれって呼んでくれないからもうちょっと意地悪しちゃおっと。


 トイレ、行きたいみたいだけど大丈夫だよ。

 そこでお漏らししたって私は全然構わないから。


 あなたの排泄物でもなんでも、素手でお世話できるくらいに私はあなたに夢中だから。


 私がぜーんぶお世話してあげるから。

 

「だから、もっと私を求めてね、颯君」


 

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