引導

「あ、いたんだ。遅くなってごめんねー、三船さん」


 部室に戻ってきた。

 紫すみれとともに。

 そして先に部室にいたのは三船咲。


 彼女は一緒に戻ってきた俺たちを見て怪訝そうな顔をした。


「……もう、勝負はついたってこと?」

「あら、話が早い人は助かるわ。あなたも人のものには興味ない人よね? つまりそういうこと」

「……最悪」


 二人の会話はそれで終わった。

 そのあとすぐに三船さんは部屋から出ていき、再び二人っきりに。


「さてと。邪魔者はもういないわね」

「邪魔者って……やっぱり紫さんは三船さんが嫌いだったの?」

「うーん、まあね。せっかく私たちが作った部活に割り込もうとするんだから」

「でも、なんで彼女はあんなにつっかかってきたの? 動機がよくわからないんだけど」

「んー、それももういいの。私が勝って彼女が負けた。それだけよ」


 晴れやかな表情でそう語る紫すみれは、チラッと俺を見る。


 俺はそんな彼女の表情にドキッとさせられる。

 さっき、キスをした唇に目を奪われる。


 こんなに可愛い子に俺、キスされたんだ。

 冷静になってみるとやばい。

 さっきからずっと、胸のドキドキがおさまらない。


「……」

「滝沢君、ドキドキしてるね」

「あ、いや」

「いいの、私もだから。でも、続きは後で、ね」


 戸惑う俺を見ながら楽しむように彼女はニコッと笑ってから椅子に座り本を広げ始める。


 しかし俺の頭の中はもう、さっきのキスのことで埋め尽くされていた。


 真似をするように向いに座り本を開くが内容が全く入ってこない。


 読んでいるのがラブコメなので、時々出てくる「キス」というワードにだけ反応してはまた彼女を見て。


 しかしそんな俺の気など知ったこっちゃないと言わんばかりに読書に集中する彼女はずっと幸せそうだった。


 本が好きなのか。

 それとも他に考えていることがあるのか。


 結局彼女の考えてることなどわかるはずもなく、俺もやがて気持ちが少し落ち着いてきてから視線を落とした。



 大好き。

 大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き。


 滝沢君、かっこいい。

 目が見れない。

 キス、したい。

 彼から、してほしい。

 どうしたらしてくれるかな。

 彼は照れ屋さんだから学校とかだと緊張しちゃうよね。

 おうち、かな。

 おうち、だよね。

 今日はお部屋、入れてもらおうかな。

 ドキドキ。

 ドキドキドキドキ。


 本の内容なんて何も頭に入ってこない。

 私を助けてくれた彼がそばにいて、キスもして、これからずっと一緒なんだと思うとゾクゾクしてニヤケがおさまらない。


 三船咲も諦めたみたいだし。

 まあ、彼女には負けるつもりなんてなかったけど。

 まだ絡んでくるなら全力で潰すけど。

 もう、私のものだから。

 彼の身も心も全部。


 私だけのものだから。


 

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