その日

「滝沢君、おはよう」

「……おはよう」


 朝。

 いつも通り紫すみれは家に来た。


 あまりにいつも通りに。

 昨日のことなんてなかったかのように。


「どうしたの?」

「い、いや。ええと、早いね今日は」

「ちょっと早く目が覚めちゃった。そういう滝沢君こそもう着替えてるなんて早いじゃん」

「そ、それは……まあ、早くに目が覚めたから」


 正確にはあまり眠れなかった、である。

 昨晩、ずっと紫すみれのことを考えてはドキドキしての繰り返しで結局寝付けたのは深夜になって。

 そして眠りは浅く、早朝に目が覚めてからも落ち着かずに早めの支度を整えていたところに彼女までもが早くやってきたという感じ。


 これも偶然……いや、さすがにそれは偶然だろうけど。


「滝沢君、ちょっといいかな?」


 もやもやしながら通学路を歩いていると、クイッと俺の袖を引っ張りながら紫すみれが呼び止める。


「な、なに?」

「滝沢君って、歯磨き粉は何使ってる?」

「歯磨き粉? いや、市販のものだけど」

「銀色のチューブでブドウ味のやつ?」

「う、うん? 確かそうだったかな」

「へえ」


 うんうんと頷いてまた彼女は黙り込む。

 どんな歯磨き粉を使ってるかなんて、そんなこと質問する理由って何だ?


 家に来た時に洗面所で見て気になったから?

 だとしてもわざわざ呼び止めてまで聞くことか?


「歯磨き粉って大事だよねー。口臭ってその人の匂いそのものな感じするし、エチケットとしてもいい匂いしてないと恥ずかしいから」

「……そうだね。でも、女の子って香水とかつけたりしないの? そういう方が人の匂いってイメージだけど」

「女子はね。でも男の子で香水してるとかちょっとやだなあ。チャラチャラしてるイメージだし」

「……たしかに」


 一つだけ収穫。

 紫すみれはチャラチャラした男子が嫌いということだ。


 つまり俺がチャラチャラすれば嫌われる確率は上がる。

 いざとなればそんなことも必要な手段かな、なんて考えながら前を見ると学校が見えてきた。


 そして正門に人影。

 なんとなく、いるような気がしていたがやっぱりいた。


 三船咲。


「おはよう二人とも。今日も仲良いわね」

「おはよう三船さん。滝沢君とは家が近くて。誰かと待ち合わせ?」

「ええ。ちょうど待ち人が来たわ」


 ニヤリとして、三船は紫すみれの前にくると。

 俺の方を横目で見ながら言った。


「私、事件があったあの日のももにゃんの中の人、誰だか知ってるわよ」

 

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