頭がおかしくなりそう

「はあ、はあ……」


 俺は今、夜道を一人で帰りながら息を荒くしている。


 別に走って帰ってるわけでもない。

 でも、呼吸が荒い。


 原因はわかっている。

 紫すみれだ。


 彼女が俺に見せた妖艶な姿。

 あの艶かしい様子に俺は興奮しているのだ。


「……でも、なんで帰してくれたんだろ?」


 俺が飲んだ飲み物を彼女も飲んで。

 口元をちゅるっと言わせながら今から俺を食べんとばかりに迫る彼女に、俺はそのまま押し倒されることを覚悟……いや、期待していた。


 しかし彼女は。


「ねえ、今日は遅いから帰る?」


 そう聞いてきた。

 そして俺は「帰る」という言葉に我に返って「か、かえるよ」と。

 

 すると彼女はあっさりと俺を帰してくれた。


 俺は夜道に放り出されて少しポカンとしたあと、さっきの様子を思い出しながら少し息を荒くしているというわけだ。


「……やっぱり、まだ正体がバレてるってわけじゃないのか?」


 あの日のももにゃんの中身が俺であると目星はつけているが、しかし確信がないからあれ以上のことはしない。


 そう考えると合点がいく。


 ……と、なれば問題はやはり三船咲だ。


 彼女は本当か嘘かは知らんが俺の正体を知っていると言った。

 そんなことを紫すみれにバラされたら今までの俺の頑張りがパーだ。


 正直に言えばあのまま三船さんは退場してくれたらよかったのだが、そんな都合いいわけもなく。


 明日からがまた不安だ。

 でもまあ、希望もあるか。


 まだ紫すみれに確証はない。

 俺は今のうちに証拠隠滅を進めていくだけだ。


 間違ってもあの色香に惑わされたりなんかしたら……ダメだぞ、俺。




「滝沢君と私の混ざった匂い……はふっ」


 さっき彼が飲んだペットボトルをずっと舐めてる。

 彼がいたこの部屋で。

 彼の残り香を感じながら。


「それにこの匂い……ん、やっぱり一緒だ」


 あの日のももにゃんの被り物。

 それがうちにある。


 もらってきた。

 運営会社の人から。

 ちょっと苦労したけど、やっぱりもらってきてよかった。


「……ふふっ、滝沢君の匂いだ」


 間違いない。

 これを被っていたのは滝沢颯。

 もう、私の中でその事実は疑いようがない。


 でも。


「やっぱり、あなたから私に告白してほしいな」


 あの日私を助けてくれたのはあなたで、そしてその理由は私が好きだったからだって。


 彼は内気で照れ屋さんだから言えないだけなんだよね。


 ちゃんと私も、あなたのことを想ってるから。

 こうやって一つ一つ距離を縮めていって。

 あなたが告白しやすいようにしてあげてるの、伝わるかな?


 伝わるよね?

 きっと、帰り道でドキドキしてくれてるよね?


「滝沢君。明日中にはちゃんと気持ち伝えてね」

 

 


 

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