優しく
「どお? 美味しい? ねえ、おかわりいる?」
「……もう、お腹いっぱい、です」
「そうなの? この後誰かとどこかで外食したりしない? それこそ三船さんとか」
「な、ないよ……三船さんなんかと約束なんかしないから」
「そっか。あっ、ちょうどご飯なくなったね。ふふっ、いっぱい食べてくれたね」
三合炊の炊飯器が空になったそうだ。
俺はその米を全て平らげた。
というより口に流し込まれた。
まるでわんこそばのように。
飲み込むとすぐに次のカレーが運ばれて。
しかしこのわんこカレー、蓋をするにも両手が塞がれていて防ぎようがなく。
口を閉ざせばアツアツのカレーが唇に近づいてくるので、恐怖で口を開けてしまう。
もう、吐きそうなほどお腹いっぱい。
味がよく、どこで食べたカレーよりも美味いと思いながらだったのでなんとか飲み込むことができたが、それでも限界だ。
ほんと、炊飯器が五合炊とかでなくてよかった。
「じゃあ、そろそろ解いてあげるね」
そしてようやく俺は縄から解放された。
「……いてて」
一時間ほど縛られていたことで体が固まったのと、少し抵抗したせいで縄が手首に食い込んでヒリヒリする。
ようやく自由になった体をほぐそうと肩を回していると、紫すみれはそっと俺の手を握ってくる。
「え?」
「ごめんね、痛かったよね? ねえ、怒ってない?」
「お、怒ってなんか……ないけど」
「ほんと? 滝沢君って嘘つくから、それも嘘じゃない?」
「嘘なんかじゃ……ないよ」
もちろん怒ってなんかいない。
怒ろうとすら思わないというか、恐怖と混乱で怒りなんてどこに行ったのかすらわからないのだから。
それに、こんな状況なのに彼女に手を握られてドキドキさえしている。
「ほんと? ねえ、痛くない?」
「い、痛くないよ? 大丈夫だから」
とにかく、今はこの手を解かないと俺が変な気持ちになってしまう。
紫すみれは中身は別として外見は超がつく美人だ。
そんな子に顔を近づけられて手を握られて家に二人っきりだなんて、冷静に考えずとも俺には刺激が強すぎる。
「ダメ、ちゃんと見せて? ねっ、こうしてたらちょっとは痛くなくなる?」
「う、うん」
しかし彼女はその手を解かない。
右手でしっかり俺の掌を握り、左手で優しく俺の手首をさする。
甘い香りが漂う。
カレーの匂いが充満したキッチンなのに、お花畑の中にいるような甘い香りが俺を包んでいく。
日が暮れていく。
そのまま、優しく俺の手を撫でる彼女との静かな時間が、ゆっくりとすぎていった。
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