見つけちゃった

「……何も変わったところはない、な」


 晩御飯を食べた後、片付けを終えた紫すみれはさっさと帰っていった。


 俺はそのあとすぐに自分の部屋へ戻って物色された形跡がないか確認したが、特に荒らされた形跡はなかった。


 まあ、だからといって彼女が俺の部屋に入っていない証拠はないが。


 正直あのエプロンも部屋のどこかにしまったという記憶はあるが正確な場所まではわからないし。


 押し入れの中は冬用の布団や服をしまってあって、とてもじゃないが短時間でその中のものを全部探せるような状態じゃない。


 やっぱり考えすぎ、か。

 あんな柄のものはどこにでもあるもんな。


「はあ……しかし明日から憂鬱だなあ」


 紫すみれ一人でも大変なのに、三船咲までも。

 それに三船の目的が未だにはっきりしない以上、下手なこともできないし。

 

 俺、どうなっちゃうんだろう……。



「ふふっ、えへへ、あははー」


 初めて彼の私物をもらっちゃった。


 エプロン。

 お部屋を探索してた時に出てきたの。

 使ってなかったから、もらっちゃった。


 もし、本当に滝沢君が私の運命の人だったなら、これは彼からもらった初めてのものとして記念になるの。


 ううん、もし、なんてないね。

 滝沢君はやっぱりあの日私を助けてくれた人で間違いない。


 恥ずかしいからか、正体を隠してるつもりだけど。


 見つけちゃった。

 彼の机の中で。

 


 封筒。


 日払いの給料を入れていたであろう封筒とその中にあった明細表。


 あの日の日付で。

 あの日、駅前でイベントをしていた会社から給料をもらっていた。


 彼はあの日、アルバイトスタッフを間違いなくやっていた。


 でも、そんな話を私にはしなかった。

 あの日図書館にいたって、嘘ついた。


 嘘……嘘はよくないよね。

 いくら照れ隠しのつもりでも、嘘はダメ。


 滝沢君。 

 明日こそは、ちゃんと本当のことを話してね?


「それに三船咲。あなたにもひと仕事してもらうから」



「おはよう滝沢君」

「お、おはよう」


 朝。

 当たり前のように紫すみれは迎えにやってきた。


 そして、


「おはようすみれちゃん。颯のことよろしくね」

「はい、おばさま。今日から本格的に部活が始まるので少し遅くなりますがよろしくお願いします」


 すっかり母さんと打ち解けていた。

 知り合い、という空気感はもう超えている。


 しかし他人の関係性にまで口は出せない。

 紫に、母さんと仲良くするなというのも変だし逆に母さんに紫すみれと親しくするなと怒るのも変だ。


 できることといえばできるだけこの二人を近づけさせないこと。


「も、もう行こうか。今日は早く学校行きたいから」

「どうして?」

「え、ええと、部活の時の話題を整理したくて」

「へえ、やる気なんだ。じゃあ、早く行かないとね。おばさま、また」

「ええ、すみれちゃんまたね」


 母さんと紫すみれを引き離すように足早に家を出た。


 そして学校へ向かう。

 紫すみれと一緒に。


 しばらくは静かなまま。

 並んでゆっくりと朝の閑散とした道を歩く。

 

 あまりにも彼女が静かなので時々横を見るが、機嫌はどうやらよさそう。


 もちろん話したいわけではないので話しかけたりはしないが。


 ふと、彼女の鞄からはみ出たものに目がいった。


「あ、そのエプロン」

「ふふっ、これとても大事なものなの」

「そうなの?」

「うん。大切な人にもらったもので、大事にしたいから持ち歩こうって」

「ふーん」


 どうやら、俺の推理とやらは間違っていたようだ。


 俺は彼女にエプロンをあげた覚えもないし、やっぱり彼女が持っていたものがたまたま俺のものと同じ柄のものだったというだけの話。


 でも、大切な人って誰なんだろう。

 まさか男……いや、それはないか。


 それに、もしそうだったら俺にとっては都合が良いんだけど。

 そんなうまい話もないだろう。


 どうせ自分の親にもらったもの、とか。

 そんなオチに違いない。


 そういえば紫すみれの親ってどんな人なんだろう。


 どうやったらこんな娘が育つのか聞いて……いや、会いたくもないな。

 


 

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