ぬけがけはダメダメ

「殺される……」


 教室に戻ってから俺はずっと震えていた。

 何故かなんて言うまでもないだろう。

 さっき俺は屋上で無理心中にあいかけたのだ。

 

 しかもただの友人の手によって。 

 あんなの正気じゃない。

 

「……どうしたらいいんだ俺は」


 震え怯え戦慄きながら俺は、一つ気づいたことがあった。

 気づいてしまったというべきかもしれないが。


 そもそもあの子とは、恋人云々ではなく仲良くなってはいけなかったのだ。

 それが友人だろうと理解者だろうとなんであろうと。

 彼女にとって大切な存在になってはダメ。

 なったら最後、独占欲で縛られ続け、離れようとしたら殺される。


 そういう意味ではもう、俺は詰んでいる。

 友達になり、部活メンバーになり、そして何より彼女に重大な嘘をついたまま。


 背中にナイフを当てられたまま生活しているようなものだ。

 嫌だ、死にたくない。

 どうしたらいいんだよ、俺……。


「滝沢君」

「……ん? あれ、君は今朝の」


 俺に声をかけてきた女の子を見上げると、その子には見覚えがあった。

 今朝俺に話しかけて来た子。

 この子のせいでそもそものトラブルになったから俺は彼女の顔をよく覚えていた。


 淡い髪色、大きな垂れ目、可愛らしいアヒル口。

 とても美人だ。

 少し暗そうな雰囲気こそあるが、紫すみれに引けを取らない美貌の持ち主だ。


「私、三組の三船咲。覚えてて」

「はあ。あの、俺に何の用?」

「今朝も聞いたけど、紫すみれとはどういう関係? ただの部活メンバーにしては仲良さそうだけど」

「……だからただの知り合いだよ。あの、それだけ?」

「もう一つ。私に見覚えはない?」

「見覚え? いや、ないけど」


 今朝、三船さんとやらに声をかけられた時にも考えたが、やはり俺は彼女と会った記憶はない。

 同じ学校の同級生とはいえ、違うクラスの女子のことなんていちいち知らない。

 それに向こうが一方的に俺を知っているということもまずないだろうし。

 一体なんの質問だろうと首を傾げていると、「わかった」とだけ呟いて三船さんはその場を去った。



「……」


 昼休みになった。

 と、同時にラインが来たのだが、相手はもちろん紫すみれで、内容はまた今朝と同じようなこと。


「嘘つき」

「死ぬ」

「仲良さそうに話してたね」

「知り合いじゃないって言ってたのにね」

「今から死のうかな」

「家庭科準備室にいるね」


 こんな内容がつらつらと。

 一応、二回目とあって死ぬ云々について焦りはなかったが、またしても紫すみれの機嫌が悪くなっている事実に怯えた。


 見ていたのだ。

 俺のことを。

 こっそり、どこかで。


 それを想像すると、寒気がした。

 そして、家庭科準備室で俺を待つ彼女は一体どんな様子なのかと想像すると、体の震えが止まらない。


 行くべきか、行かないべきか。

 しかしここは学校で、彼女とは同じ学年で家もばれている。


 逃げることなんてできやしない。

 今ここで逃げることの方が後々の事態を悪くするような気しかしない。


 仕方なく。  

 ほんと仕方なく俺は。


 席を立って彼女の待つ家庭科準備室へ向かった。


 

 


 

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