よかった

「はあ、はあ……」

「あれ、滝沢君? どうしたの?」

「どうしたのって……」


 屋上へ駆け上がるとそこに紫すみれはいた。

 いたが、しかし深刻な雰囲気など全くないどころかケロっとしていた。


 屋上の真ん中で風を浴びながら気持ちよさそうに両手を広げて空を見上げていた彼女に俺は少しだけイラッとする。


「あのさ、あんなにラインしてきておいてそれはないだろ」

「そっちこそ、さっきの女の子は誰なの? ねえ、なんで私の質問に答えてくれないの?」

「え、いや、それは……俺も知らないんだよ」

「ふーん、そういう言い訳する人なんだ。知らない女子がなんで滝沢君に話しかけるの? ナンパ?」

「いや、それがさ……」


 なんで浮気を疑われた彼氏みたいな言い訳をしているのかは今は考えないようにして、さっき話しかけられた女子になんて言われたのかを説明した。


「私と仲がいいかって?」

「うん。だからてっきり紫さんの知り合いかと思ったんだけど」

「さあ、知らない。で、本当に知り合いじゃないの?」

「う、うん」


 訴えるように何度も頷くと、彼女の濁った目が徐々に澄んでいく。


「なあんだ。じゃあ、私に嘘ついたわけじゃなかったんだね」

「う、うそなんてつかないよ」

「ほんと? 私に嘘ついてることほかにない?」

「そ、それは……」


 再び詰め寄られて俺は焦った。

 嘘なんか最初からついている。

 俺が君を助けたんだということを、理由はさておきひた隠しにしている事実がある。 

 しかしこれだけは言えない。

 認めたら最後、重度のメンヘラに一生付き纏われることになるから。

 それに、ここで認めたらやっぱり嘘をついていたじゃないかと言われるだろうし、こんな様子なら何されるかわかったもんじゃない。


 やっぱり言えない。


「な、ないよ」

「ふうん。ま、いっか。あっ、チャイム鳴っちゃった。休み時間だね」 

「そ、そうだね。あの、紫さんさっきのラインだけど」

「なあに?」

「……死ぬとか、そういうのはあんまり言わない方がいいよ。俺も、友達として心配になるから、さ」


 これも嘘といえば嘘だ。

 心配はしたけどそれは彼女の身を案じてというより、俺のせいで死なれたりなんかしたら後味が悪いという自己保身によるもの。

 そういうのは迷惑だからやめてほしい。

 本当は死ぬ気なんてないくせに。


「死にたいくらい辛くても、相談したらダメなの?」

「い、いやそれは……そんなに辛いなら言ってくれたらいいけど」

「だから言ったよ? 私、死ぬって」

「だ、だけど来た時紫さんは別に」


 別に平気そうだったじゃんか。

 そう言おうとした時、カランと何かが彼女な手元から落ちた。


 ふと目線を下げる。

 すると、そこには小さなナイフが転がっていた。


「あ……」

「あっ、ごめん滝沢君。もう使う予定ないから大丈夫だよ」

「え、ええと、それって……」


 当たり前のようにナイフを拾って折り畳んでポケットにしまう紫すみれは、戸惑う俺はの方を向いて微笑む。

 

「これでね、滝沢君とここで死のうと思ってたけど、やめてよかったあ」

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