嘘はよくないよね?

「あ、滝沢君! 遅かったじゃん」


 家庭科準備室に入ると、昼休みの時と同じ奥の窓際の席に紫すみれが座っていた。

 そして俺がくることをわかっていたかのような反応を見て、やっぱり彼女は俺を同じ部活に引き入れるために読書部を設立したのだと確信した。


「……ども」


 それがわかった途端、テンションがまだ下がり。

 しかしそんな俺をよそに彼女は机に積んだ本の一冊を手に取って微笑みかける。


「これ、私のおすすめなの。滝沢君はラノベとか読む人?」

「まあ、読むけど。紫さんこそ、ラノベなんか読むんだ」

「昔はミステリーとか読んでたんだけど、最近はこういうラブコメとかが好きかな。癒されるし、憧れるというかー」


 表紙には、可愛らしい女子高生がこっちに微笑みかけるようなイラストが描かれてあった。


 そして俺もその表紙に見覚えはある。

 最近有名なライトノベル。

 内容はヤンデレなヒロインが主人公をストーカーして、一方的に仲良くなろうとしていくちょっとホラーなすれ違い系。


 面白いし、ヒロインは魅力的で読む分には楽しいのだが、こんな彼女は現実なら絶対嫌だと思えるほど病的なヒロインが売りな作品。


 それを愛読しているのは単に作品が面白いからなのか、それとも共感できる何かがあるからなのか。

 聞いてみたいが聞く勇気もない。

 

「た、たしかにそれ流行ってるよね。俺もまあ、一回は読んだかな」

「ほんと? じゃあ滝沢君もヤンデレ系好きなんだ」

「好きというか、んー、まあ一途な子っていうのはいいと思うけど」

「だよねだよね? 重いとか、怖いとか言う人いるけどこういうのが本当の純愛だよね」


 ヤンデレに対してのわかりみがすごい。

 やはり彼女は相当に病んでいるのだろう。

 元々なのか、昔の彼氏と何かあったからなのか、それともこういう本の影響からか。

 なんにせよもったいないなあ、と。

 嬉しそうな彼女から目を逸らして心の中でため息をついていると。


 彼女が立ち上がった。


「滝沢君、もしかして読書部に入部したこと後悔してる?」

「え?」

「滝沢君は読書部があれば入りたいって、そう言ってたよね? あれ、嘘だったの? ねえ、友達に嘘ついたの?」

「紫、さん?」


 プルプルと全身を震わせる紫すみれの目つきが暗くなっていく。


 さっきまでのカラッとした快活な様子が一瞬にして消え、どんより、じっとりとした目つきになると、ちょうど外も太陽に雲がかかり暗くなる。


 そして静かに立ち上がった紫すみれが俺の方へ一歩目を踏み出そうとしたその時。

 咄嗟に声が出た。


「ど、読書部作ってくれてありがとう! 俺、毎日活動が楽しみだよ!」


 何をされたわけでもないが、このままだとヤバいという直感があった。

 大慌てで取り繕うと、彼女は足をピタッと止めてから虚ろな目をパチっと開いてキョトンとした顔で俺を見る。


「ほんと? じゃあ、明日からもちゃんと来てくれる?」

「も、もちろん! あ、明日からどんな本読もうかなー、あはは」

「よかったあ。じゃあ今日はこの辺にして、明日までにお互い読みたいものを考えてこよっか」

「そ、そうだね。じゃあ、今日は帰る?」

「うん。一緒に出よっか」


 カバンにサッと本を入れてから窓を閉めると、彼女はすぐに教室を出る。


 そして入り口のところで手招きをする彼女の方へ俺も向かう。


 鍵を閉めてから、職員室に鍵を返しに行く間、彼女はさっきとは打って変わって静かだった。

 

 俺はそんな彼女に少し不気味さを覚えながら、無言でついていって一緒に校舎を出た。

 

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