もちろん知ってるよね?
「滝沢、放課後職員室に来れるか?」
紫すみれとの楽しい昼食会を終えたあと、少し雑談をしてから先に家庭科準備室を出た俺は廊下でばったり担任の先生と出くわしてそう言われた。
女性教諭の山田先生は今年二十八になる若くてスタイルもいい美人な先生なので生徒からも人気があるのだが、結構物おじしないタイプで、言うべきことをピシャリと言ってくる性格なので俺は苦手である。
そんなのだから独身なんだよ、なんて愚痴りたくもなるがそんな発言は火に油だから言わないが。
「はあ。なんの件ですか?」
「部活のことだ。いいから、放課後時間を作りなさい」
「……わかりました」
有無を言わさない雰囲気の先生に対して俺はノーとは言えず。
でも、どうせまた部活に入れとガミガミ言われるのがオチだとわかっているので気が重くなる。
そろそろ観念して適当に部活を決めて、幽霊部員にでもなるしかないかなと。
教室に戻ってすぐ、昼休みの終わりを告げるチャイムの音を聴きながら窓の外を見つめてため息をついているとさっき出くわした山田先生が教室に入ってきて午後のホームルームが始まったのであった。
◇
放課後。
俺はすぐに職員室へ向かった。
こっそり帰ったところで翌日こっぴどく叱られるだけだし、何より先生がホームルームの題材を当てつけのように「部活動の大切さ」なんてものにして、俺の方ばかり見ながら力説していたこともあって、逃げられないと悟った。
何部にしようかなあ。
一番楽そうなのは書道部とかだろうか。
でも俺、字は苦手だし。
得意なものもやりたいことも特にないので、果たしてどうすればいいのかと悩んでいると気がつけば職員室の前に。
そこでもう一度足が止まったが、抵抗しても仕方ないと意を決して中へ。
「失礼します。山田先生は……あっ、お疲れ様です」
「滝沢か。早かったな」
「ええ、まあ。で、部活の件というのは……」
「まあ座りなさい」
職員室に入ってすぐのところにある山田先生の席の側にあったパイプ椅子に腰掛ける。
すると先生が一枚のプリントを俺に渡してくる。
「読書部が設立される予定なのだが、入部してみる気はないか?」
「読書部?」
「ああ、今朝読書部を作りたいとある生徒から申請があってな。滝沢は以前、個人的に読書活動をしていると話していたからちょうどいいんじゃないかと思ってな」
「え、ええと……ちなみに誰がそんな部活を作ろうと?」
「同じ一年の紫すみれだ。知ってるか?」
「……ええ」
もしやと思ったが悪い予感が当たってしまった。
紫すみれが読書部設立の申請を今日、学校に提出したとのこと。
これは偶然とは思えない。
敢えて俺が入りそうな部活を作って、俺を入部させようとしていると考えた方が自然だ。
やっぱり疑われている……。
「おいどうした? 顔色が悪いぞ?」
「い、いえ……あの、入らないという選択肢はありますか?」
「なんだ、女子と二人っきりだから気まずいか?」
「まあ、それもありますけど」
「それなら安心しろ。私が顧問になるから顔も出す」
「そ、それに部活となれば拘束時間も長くなるし活動報告とかも面倒、かなと」
「文化部の活動は最長二時間だし、休日は基本的に活動もないから楽だと思うが? それと活動報告などは創部者である紫が部長を務めるそうだから彼女がやってくれる」
先生は何を言っても俺を部活に入れようといいことばかり言ってくる。
俺も抗ってはみたが、最後は押し切られるように入部届を手渡され、そのままサインすることになった。
「……あの、一ついいですか?」
「なんだ? もう入部届は受理したし、いきなり退部なんてことはダメだぞ」
「そんなことはしませんけど……活動はいつからですか?」
「今日から早速だ。生憎今日は私もこのあと職員会議で行けないが、紫と相談して今後の方針を決めてきなさい」
「今日から……あの、部室は?」
「ひとまず使われていない家庭科準備室をあてがっておいた。場所はわかるか?」
「……ええ」
なにせ昼休みに行ったばかりの教室だから、場所はもちろん知っていた。
紫はこうなることをわかっていて、敢えて昼休みに俺を家庭科準備室へ誘ったのだろうか。
それについてはさすがにただの偶然だと思いたい。
ていうか読書部設立もただの偶然であってほしいと。
願ってもどうしようもないことを考えながら俺は職員室を出て家庭科準備室へ向かった。
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