好みだって知ってる

「ここ、か?」


 紫すみれから突然きたメッセージ。


『家庭科準備室にきて』


 そう連絡してきた。

 で、俺は急いで教室を出た。


 基本的に自分のクラス以外の教室には用もなく、家庭科準備室がどこにあるのかも把握していなかったので校舎をうろついて探し回った。


 もちろん無視してもよかったし、用事があると言い訳して断ってもよかったのだろうけど、なんとなく応じないとひどいことになりそうな気がして言われた通りの場所に向かった。


 四階の奥の部屋。

 人気の少ないその場所に、家庭科準備室はあった。


「……失礼します」

「あ、滝沢君! もー、遅いよー」


 俺たちの教室より少し広いその部屋の一番後ろの奥角のテーブルに腰掛ける紫すみれは、頬杖をついたまま少し拗ねた顔を向けてくる。


「ご、ごめん。ちょっと場所に迷って」

「学校の教室くらいちゃんと知ってないと。入学してすぐのレクレーションでもここ使ったでしょ?」

「そうだったっけ? ごめん、あんまり意識してなくて」

「ま、いいけど。それより、お昼一緒に食べない?」

「お昼?」

「うん。さっきパンを買ってきたんだけど、ちょっと買いすぎちゃって。わけっこしない?」


 うちの学校の購買で売られているパンは学内では人気商品。

 いつも長蛇の列が出来て、基本的に購買に近い場所に教室がある上級生たちに買い占められるというのがある種の伝統であり、下級生がそれを買えることは稀だ。


 だからテーブルの上に置かれたドーナッツとあんぱんらしきパンを見て、俺はまず驚いた。


「これ、二つも買えたの?」

「うん。たまたま今日は人が少なくて。でね、せっかくだから欲張って二つも買ったんだけど、こんなに食べれなくって」

「それで俺を呼んだの?」

「そうだけど。迷惑だった?」


 少し気まずそうに話す紫の態度に、俺は慌てて「そんなことないよ」と否定した。


 単純に嬉しかったというのもある。

 パン如きで、といえばそれまでだが、この学校ではある種貴重なものをわざわざ俺に分けたいと言ってくれているのだから当然だ。


「ほんと? じゃあ座って。一緒に食べよ?」

「う、うん。それじゃあいただきます」


 向かいに座ると、早速紫がパンを袋から取り出して、半分に割って片方を俺にくれた。


 砂糖をまぶした昔ながらのドーナッツは、しっかり甘く、濃い味が好きな俺にはドンピシャ。


「うまっ! これ、めっちゃうまい」

「うん、ほんとだね! あれだけ毎日みんなが並ぶだけあるね」

「これなら毎日食べたいなあ。俺も今度並んでみよっかな」


 なんて、テンションが上がっている俺に対して紫はすかさずもう一つのパンを半分に割る。


「はい、あんぱん。こしあんだけど大丈夫?」

「俺、こしあんの方が好きなんだ。甘いものはだいたい好きだし」


 ドーナッツはすぐに食べ終えてしまい、そのままあんぱんもいただく。


 これまた、あんの甘さが絶妙でパン生地もしっとりしていて美味。


「んー、こっちもめっちゃ好みだなあ。ほんと、学校のパンとは思えないよ」

「だよねー。滝沢君って甘いもの好きだって聞いたからちょうど好みそうなのがあってよかったー」


 あんを少し口につけて笑う紫の表情に俺は、少しドキッとさせられた。

 無邪気なこの笑顔を、今俺が独占していると思うと妙な優越感が湧いてくる。


 しかし、なぜか同時に違和感を覚えた。


「……あれ? 俺が甘いもの好きだって話、したっけ?」

「うん、聞いたよ? それに今も言ってたじゃん」

「まあ、それはそう、だけど」


 たしかに俺は甘いものには目がない。

 しかしそんな話をいつしたのか不思議だったが、聞いたというのであればどこかのタイミングで話したのだろう。


 昨日の放課後あたりだろうか。

 まあ、いつにせよ俺が自分で話す以外にそんなことを彼女が知る由もないはずだ。


 なにせ友達もろくにいないし。

 俺のことを詮索したところで、この学校内ではチリ一つ情報なんて出てきやしないはず。


 気にしすぎるのもよくないなと、勝手に納得しながらあんぱんの最後の一口を口に放り込んだ。


 

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