今日はおはようからはじめちゃう

「あ! おはよう、滝沢君」

「紫さん? おはよう、どうしたの?」


 朝。

 いつものように学校へ向かおうと家を出たところで紫さんに声をかけられた。


「私の家、ここから近くなの。だから滝沢君の家の前も通学路だから毎日通ってたんだよ」

「そ、そうなんだ。でも、偶然タイミングが合うなんて奇遇だね」

「だねー」


 俺はいつも始業ギリギリの時間に登校するから、部活動で朝練などに勤しむ真面目なうちの生徒たちと登校中にばったりなんてことは入学してからここ数ヶ月で一度もなかったのだけど。


 そういえば紫さんも部活を辞めたとか言ってたな。


「せっかくだし一緒に学校行く?」

「お、俺と? 別にいいけど、いいの?」

「なんで? 友達なんだから別にいいじゃん」

「まあ、それもそうだけど」


 基本的に俺は自分に自信がない。

 いじめられたことも特にないが、目立ったことも何かで優秀な成績をおさめたこともないし、体も小さく勉強も運動もイマイチ。

 少し無愛想に見えるこの顔もあまり好きではない。

 だから学校中で噂になるほど美人な彼女と一緒に登校しようなんて言われて平常心でいられるわけもないのは当然のこと。


「……」

「さっきから静かだけど体調悪い?」

「え? そ、そんなことないよ。俺、誰かと一緒に登校するのとか慣れてないから」

「ふーん。慣れてないってことは、初めてじゃないんだ」

「まあ……小学校の集団登校以来、かな」


 自分がぼっちであることを告白するようで恥ずかしかったが、思い返してみても中学の時に誰かと仲良く学校に行った記憶なんてなかったなと。

 なんて寂しいやつなんだと自分自身にガッカリするように呟くと、なぜか隣の紫さんは笑う。


「ふふっ、なあんだ」

「やっぱりおかしいよね? 紫さんみたいな人から見たら俺みたいなやつ」

「ううん、そうじゃないの。それに、今は違うでしょ? 私たち、友達なんでしょ?」

「……」

「ほらっ、早く行かないと遅刻するよ?」

「う、うん」


 ちょっとだけ、嬉しいと思ってしまった。

 紫さんは美人だけどメンヘラで、あまり深く関わるべきじゃないと感じながらも悪い人じゃないのかもしれない。


 今は緊張でうまく喋れないけど、慣れたらもう少しちゃんと彼女と喋ってみようかななんて。


 そんなことを考えているといつのまにか学校に到着していた。



「なあ、紫すみれが今朝男と一緒に学校来てたって話知ってる?」

「らしいな。もしかしてそいつが紫さんの探してた男なのかな?」


 休み時間。

 いつものように教室の片隅の席でスマホを触っているとそんな会話が聞こえてきた。


 思わず、手を止める。

 そして顔を背けて窓の外を見る。


「まあどうあれあの紫すみれと一緒に学校来れるなんて夢みたいだけどな」

「まじでそれ。あんな美人と付き合いてえよなー」


 そう言って俺の近くで会話する二人の男子はどこかへ行った。


 特に俺のことについて追求する感じはなく、俺はホッと息を吐いて力を抜いた。


 しかし、改めて紫すみれの人気っぷりを思い知らされる。

 知り合うまでは雲の上の存在すぎてあまり意識もしなかったけど、今だって教室のあちこちで紫すみれの名前が聞こえてくる。


 ほんと、あんな人気者と友達になったなんて、今でも信じられない。

 もちろん、彼女が俺と仲良くする理由はわかっている。


 あの日、彼女を助けた人物が誰かを突き止めるため。

 俺だと目星をつけているのか、それとも俺が核心に近づくためのピースだと考えているのかはまだわからないけど。


 とにかく、どういう理由であれあの紫すみれとラインまで交換したんだ。


 正体がバレないように距離を置こうと思っていたけど、こんな幸運は二度とないかもしれない。


 まだ正体を明かす決心はつかないが、仲良くすることくらいはべつにいいんじゃないか。


 そんな考えに落ち着いたのは昼休みになる頃。


 紫すみれからラインがきた。


 

 

 

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