逃がさない

 身長166センチ体重53キロ、猫背でガニ股気味で運動神経はあんまりよくなくて帰宅部で性格は控えめでこの辺りに住んでる高校生で趣味は読書で彼女はもちろんいなくて、自分の正体を明かすことを躊躇うような人間に心当たりしかなかった。


 俺である。

 ここまで彼女の推理が及んでいることに俺はゾッとしながら飲みかけのグラスをそっと置いた。

 

 そして、蚊の鳴くような声で「知らない」と呟くのが精一杯だった。


「そっかあ。でも、滝沢君もなんかそんな感じだよね?」

「そ、そうかな……俺、別に控えめでもないし」

「そーなの? ふーん、でも類は友を呼ぶって言うし、そういう人がいたら教えてね」

「う、うん」


 これはカマをかけているつもりなのだろうか。

 それとも本当にまだ、俺があの日のももにゃんの中の人だと気づいていないだけなのか。

 わからないが、迂闊に口を滑らせてしまっては元も子もない。


 最低限の相槌以外は打たず、静かにこの場をやり過ごそう。


「ねえ滝沢君?」

「な、なに?」

「あのね、せっかくこうして知り合ったんだから私たち、友達にならない?」

「と、友達? 俺と紫さんが?」

「別にいいじゃん。私もさ、結構みんな声かけてくれる割に仲のいい人少なくて。なんかこうしてなんでも話せる人って、貴重だし。フィーリングが合うのかな、私たちって」


 端正な顔がクシャッと崩れる。

 その破壊力抜群な笑顔を前に、女慣れしていない俺は「うん」と呟いてしまった。


「ほんと? ふふっ、嬉しい。じゃあ、ライン交換しよっか」

「え、ええと」

「あれ、もしかしてライン交換とかしたことないの? ほらっ、スマホかして」

「う、うん」


 流されるまま、スマホを手渡す。

 そして手慣れた様子でライン画面をいじり、QRコードを読ませてすぐさま連絡先交換を終えた彼女は俺のスマホを返しながら、「これ、私だから」と。

 

 可愛い猫のアイコンの横に「すみれ」と書かれた連絡先を見せてくれた。


「じゃあ、何かわかったら教えてくれる? その代わり、私も滝沢君の相談とか乗るから」

「相談……」

「悩みとかないの? 例えば、ほら、好きな子がいるとか」

「す、好きな子? い、いないよそんなの」


 急に振られた恋バナに俺は首を横に振った。

 こういう話は苦手だし、ましてや可愛い同級生の女子にそんな話をさらっとできるような陽キャではない。

 なにより、俺は早くこの場を去りたかった。

 彼女に正体がバレる前に。


「ええと、それじゃ俺、そろそろ」

「用事? 図書館いくの?」

「ん、んんと……まあ、そんなとこ、かな」

「ふーん、ほんとに読書が好きなんだ。読書部があったら、やっぱり入部する?」

「まあ、あればだけど」

「作ればいいじゃん。部活動って、立ち上げることもできるんでしょ?」

「まあ、そうらしいけど。でも部員が複数人必要ってことみたいだし、そこまでしなくてもいいよ」


 そんな話は以前先生にもされた。

 そして誘う友達もいない俺はもちろん断った。


 部活って面倒だし。

 別に読書を部活動にしたいとも思わない。


「じ、じゃあもういいかな? 俺、行くけど紫さんも出る?」

「ううん、もう少し残ってるからゆっくりしてく」

「そっか。じゃあまた」


 去り際にさりげなく伝票を持っていき、レジで二人分の会計を済ませたのは、男としてこれくらいするべきなのかなって勝手に思ったから。

 女の子と付き合ったこともない俺には何が正解なのかもわからないが、女の子に支払いを押しつけて帰るよりはよほどマシだろうと。


 さっさとお金を払ってから、店を出た。



「……読書部、か」


 さりげなく支払いをしてくれる彼の姿を遠目で見ながら、私は目を細める。


 滝沢君。

 彼が、ももにゃんの中の人だと、私はそう思っている。


 私の推理した情報にドンピシャだし。

 怪しい。

 決めつけはよくないけど、もう少し彼を探る価値はある。

 

 もし本当に彼が私を助けてくれたヒーローだったら……ふふっ、だとしたらやっぱり私たち、気が合うね。

 そうだったらいいけど。 

 ううん、きっとそう。


 だけど、私の方から言わせたくないな。

 彼の方から、名乗り出てほしい。

 私の気持ちを、受け止めてほしい。


 ふふっ、読書好きなんだ。

 どのみち、新しい部活動を作るつもりだったし。


「逃がさないからね」

 


 

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