わかっちゃった

 俺が猫背気味なのは昔から。

 自分に自信がないから自然とこうなったのか、そもそも背骨が曲がっていたのかは定かではないが、どちらにせよ俺は猫背だ。


 そして今、一層俺の背中は小さく丸まる。

  

「そ、そうかな? 気にしたこと、ないけど」

「それに、身長も168センチもあるかな? ねえ、私に嘘ついてない?」

「う、嘘? いや、俺は嘘なんてつかないけど」


 紫はじっと俺の顔を覗き込む。

 大きな瞳が見開かれ、こっちを見ているのに目が全く合わない感じ。

 瞳孔が開いてしまっているような、不思議で不気味な目つき。


 その目に怯んで言葉を失っていると、彼女の方から手を離して「はあ」とため息をついた。


「ううん、ごめんなさい。考えすぎだよね私って。ちょっと焦っちゃってて。ごめんね、滝沢君」

「い、いや別にいいけど」

「でも、絶対この学校の生徒だと思うのよね」

「それは、何か根拠があるの?」

「まあ、半分は勘だけど。でも、うちって原則バイト禁止でしょ? だから人目につかない裏方の仕事とか、ああいう顔出ししないバイトとかって人気あるのよね。この前も、デパートの屋上で着ぐるみで風船配るバイトを友達がしてたって聞いたし」


 その推理は当たっている。

 俺も、買いたいゲームがあったが金がなくて、だけど校則でバイトは禁止されているからバレないように働こうと選んだのが着ぐるみの仕事だった。


 今は別の理由でバレたくないのだが、まあそれは置いておいて。


 彼女は推理力というものが妙に高い。

 これは厄介でしかない。

 喋るほどに、関わるほどに正解に近づかれてしまいそうだ。

 なんとか距離をおかないと。


「紫さん、俺ちょっと用事があるからもう行くね?」

「あ、ごめん引き止めて」

「いやいや、こっちこそ力になれなくてごめん。見つかるといいね、その人」


 さも他人事のように。

 そっけなく言ってその場を去ろうと正門の外へ足を向ける。

 

 が、しかし。

 また、腕を掴まれた。


「あ、あれ? 紫さん? あの、俺この後用事が」

「ねえ、用事ってなんの用事?」

「え? そ、それは……」


 もちろん用事なんてない。

 友人すらろくにいない帰宅部の俺に放課後に大した用事などあるはずもない。


 しかしまさか詳細を聞かれるとも思っておらず、俺は言葉に詰まった。

 もちろん、俺の動揺を彼女は見逃してくれない。


「なんで答えてくれないの? あれ、もしかして嘘?」

「い、いやいや嘘なんかじゃなくて」

「それって後日に変えれない用事? 私、もう少しあなたとお話したいんだけど」

「俺と? いや、それは……」


 頭の回転が悪いのは今に始まった話ではないが、ただでさえ焦っている上に、急に学園のアイドルに誘われて余計にパニックになってしまった俺に気の利いた嘘など思いつくはずもなく。


 俺をじっと見つめながら「ダメ?」と聞いてくる紫の綺麗な顔面に惑わされてつい、「別にいいよ?」と答えてしまった。


 答えるしかなかった。

 俺が嘘をついているとバレたらそれこそ、変に疑われるんじゃないかって心配が勝ってしまった。


「ほんと? ごめんね、なんか滝沢君ってとても話しやすくて。ちょっと色々聞いてほしいなって」

「お、俺でよければ話くらいなら聞く、けど。俺でいいの?」

「うん、もちろん」

「そ、そう? で、話って?」


 この期に及んでもまだ、早くこの話を終えて切り上げられないかと、悪あがきのようにそんな質問をした。


 すると、くすくす笑いながら紫は答える。


「ももにゃんの中の人ってね、帰宅部ってことはわかっちゃったんだよねー」

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