やっぱり気になるなあ

 俺の身長は166センチ。

 ちなみに体重は53キロで、身長以上に小さく見えるこの体格が昔から嫌いだ。


 女子ウケは悪い。

 最近は中性的な男の人をテレビとかでもよく見るようになったし、服とかでもウィメンズのようなものが流行っているけど、それでも女の子って結局背が高くて頼り甲斐のある男子が好きって子が多い。


 だから俺は自分の体型が好きじゃない。

 

「身長は……168センチだけど?」


 いつも身長を聞かれたら二センチサバを読むクセがついていた。

 だから今も咄嗟に嘘が口から出た。


「……思ったより、高いんだね」


 つまらなさそうに反応する紫。

 そんな彼女に対して俺は、「まあ、痩せてるから」と言い残して屋上を去った。


 そして階段を走って駆け降りたあと、教室に戻ってから危機一髪だったことを自覚してぐったりと席につく。


「はああ……危なかった。絶対俺のこと、疑ってたよな?」


 なぜあのタイミングで彼女が俺の身長を聞いてきたか。

 それは、俺が先日のももにゃんの中の人じゃないかと勘繰っていたからに他ならない。


 あの時正直に自分の身長を言ってしまっていたら。

 あの場で問い詰められて正体がバレていた可能性がある。


 ほんとに危なかった。

 でも、彼女が俺の身長を誤認してくれたのは結果オーライ。

 これで俺に対する容疑は晴れたはず。


 もう、俺のことを調べ回る理由もない。


 普通にしていれば、クラスも違うし接点はないわけだから今後彼女と関わることもないだろう。


「……これでいい、よな」


 ちょっとだけ、惜しい気持ちはあった。

 紫すみれは学校中の男子が憧れるほどの美人。

 そんな人に好かれるチャンスなんて俺の人生で二度とないだろう。

 ただ、彼女はヤバい匂いしかしない。


 メンヘラ特有の重い感じというか、偏った、歪んだ愛を感じた。

 もしも助けた縁で彼女とお近づきになれたとしても、待っているのは束縛と拘束と嫉妬の嵐。


 俺はもっと平和に生きていたい。

 大学生になったらおしゃれして、サークル入って優しい子と仲良くなって楽しいキャンパスライフを送りたい。


 そんなささやかな俺の願いのためだ。

 紫すみれには悪いけど、ももにゃんの正体の真相は闇の中、ということにしておいてもらおう。



「あ」


 放課後すぐに教室を出て、一目散に下校しようと正門まで行くと、そこに紫すみれが立っていた。


 俺は足を止めた。

 そして一度引き返して、彼女がいなくなってから帰ろうかな、なんて迷っていると紫すみれに声をかける男子生徒が一人。


「紫すみれさん? あのさ、実はももにゃんの中の人って俺なんだよね」


 見たことない人だが、多分上級生だ。

 チャラいツンツンした髪の毛と鼻につく声が少し気になるが男前だ。


 そして身長は俺くらい。

 更に細身だ。

 なるほど、紫すみれが推理した中の人の体格と合っている。

 これなら彼女も信じるかもしれないと、俺は紫の返事を少し離れたところから待った。

 俺と同じように、その様子を見守るやつらが数人足を止める。


「……嘘つき。どっか行って」

「え? いや、ほんとに俺なんだって。俺、身長166センチしかないし」

「ううん、多分あなたが本当にあの人ならそういうこと言わないって、私は確信してるの」

「ど、どういうこと?」

「立ち去る時の猫背気味で怯えた雰囲気は、あの人の奥ゆかしさを体現していたわ。あなたみたいに自信たっぷりで人の目を見て話せるような人じゃないの。でも、そこがいいの。ねっ、いいよね? きっと、私のことを一途に想ってくれる人だと思うの」


 また、紫の様子が変になる。

 その豹変ぶりに、声をかけた男子の方が躊躇ってしまっている。


「あ、いや、俺、やっぱりなんかの勘違いだったわ。ごめん、見つかるといいね……じゃあ!」


 そのまま男は逃げた。

 そして、野次馬たちも「なあんだまた嘘かよー」とつまらなさそうに散っていった。


 俺は、皆の解散する波に乗り切れずその場に取り残されてしまった。


 そして、じっと正門前に立ったままの彼女の姿を見てハッと我にかえり、一度学校へ引き返そうとしたその時。


 パシッと腕を掴まれた。


「あ……む、紫さん?」

「滝沢君、ちょっといいかな?」

「な、なに?」


 すべすべした小さな手で、細いのにゴツゴツした硬そうな俺の手首を掴む紫すみれが、大きな目で俺を覗き込む。


「滝沢君って、猫背気味だよね?」

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