プロローグ 2
「へ?」
予想だにしない質問に俺は思わず変な声が出た。
「あ、ごめんなさい急に変な質問して。さっき駅前で警察の人とあなたが話してるところ、見ちゃって。どうなの? まあ、違うのかな」
「え、ええと……」
「でも、もし知ってることがあったら教えてくれない? 私、どうしてもももにゃんの中の人に会いたいの」
どうして彼女が、昨日通り魔を倒したももにゃんマスコットの中身が俺だと知っているのかと一瞬びっくりしたが、どうやらそうではないようだ。
駅前で俺を見かけたから、何か知っているんじゃないかってことでついてきた様子だが。
逆に、俺じゃないと決めつけた言い方にはちょっとガッカリする。
それは俺ですよ、と。
言いたいけど、やっぱり勇気が出ない。
俺みたいなやつに助けられたのかと彼女が幻滅する顔を想像してしまうと、言葉に詰まる。
「あの、俺は、ですね」
「あ、ごめんなさい急に呼び止めて変なこと聞いちゃって。でも、さっきおまわりさんと何か話してたの?」
「何って……まあ、昨日ここで事件があったから危ないよとか、そんなこと、かな」
「なあんだ。じゃあ、やっぱり君じゃないんだね。はあ……やっぱり会えないのかなあ。私、ちゃんと会って話したいのに」
がっくりと肩を落とす彼女を見ると、本気でももにゃんの中の人を探しているのが嫌ほど伝わってくる。
律儀な子なんだなあと、感心すると同時に、ここまで必死に探してる彼女にはちゃんとその正体を明かしてあげた方がいいんじゃないかと。
まだ、勇気は出ないけど。
とりあえずちょっとジャブ打ってみる、かな。
「ねえ、紫さんはその人にお礼を伝えたいだけなの?」
なんて、聞いてみた。
もし、それだけのことなのだとすれば別に相手が誰であれ関係のない話だから、素直にそれは俺だったと言えばいい。
しかし、俺の質問に対して彼女はキョトンとした表情をする。
「何言ってるの? 結婚するの」
「……へ? け、結婚?」
「一生、私のことを守ってくださいって。ふふっ、通り魔に襲われかけた私を覆面のまま助けてくれた王子様と結ばれるなんて、とても素敵じゃない? それに、あの人もきっと、私が可愛いから必死になってたすけてくれたのよ」
「……」
お礼どころの騒ぎではなかった。
求愛。
しかも、かなり重めのやつだ。
目をトロンとさせながら表頬を手で抑えて顔の火照りを冷まそうとする彼女はそのまま、俺のさらに向こう側を見ながら、遠い目をする。
「あの感じ、絶対に男の子だと思うの。ねっ、私はもう、あの人のことしか考えられないの。だから早く見つけて、愛を伝えて、それで……」
少し溜めたあと、彼女は空を見ながらぽそっとつぶやいた。
「ずーっと、私の部屋に閉じ込めておきたいなあ」
◇
「……怖い」
俺は今、自宅のソファに寝そべって天井を見上げながら頭を抱えている。
紫すみれが怖かった。
最後に呟いた発言もそうだが、それ以上に彼女がももにゃんの中の人の話をする時の遠い目が怖かった。
あれはマジのやつだ。
あんなに可愛い子なのに、実はメンヘラだったとは驚きだけど。
あの様子だと、昨日のももにゃんの正体がわかったら本気で監禁とかしかねない。
俺はうっとり空を見上げる紫すみれを無視するようにさっさと家に逃げ込んだけど、余計な心配が頭をよぎって離れない。
もし彼女に正体がバレたら。
俺はどうなってしまうのか。
まだ顔も知らない人間にあそこまで心酔できるような女だ。
監禁どころか、気に入らないことがあればそれこそ刺されたり……いやいや、さすがにそこまではないと信じたい。
「とにかく、俺があの日のももにゃんだったことは誰にも知られないようにしないとな」
ちょうどテレビをつけたら、昨日の事件についてのニュースが流れていた。
報道では、犯人がどうやって捕まったかまでは特に詳しく語られず。
怪我をした人が誰もいなかったということもあって、全国的には大した事件としては認識されていない。
ネットで犯人を捕まえた人探しが始まったりするようなことはなさそうだ。
学校の連中も、時間と共に忘れていくだろう。
紫すみれだって。
きっと、あんな風になっているのは今だけだ。
事件の恐怖と、助かった安堵感で頭が混乱したままなのだろう。
でも。
「あんな美人に、好きになってもらえるチャンス、なのかなあ」
そんな、よからぬ妄想をどこかでしてしまう俺は愚かなのだと、そう痛感したのは翌朝になってのことだった。
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