助けたクラスメイトが病んでいたので、俺の正体を全力で隠しているのですがなんかバレているっぽい件
天江龍
プロローグ 1
「ねえねえ、知ってる? 昨日駅前で通り魔が出た話だけど」
「当たり前よー。うちの学校の子が何人か襲われそうになったんでしょ?」
「そうそう。でも、すごいよねー。正義のヒーローって本当にいるんだねー」
「ねー。ももにゃんの中の人って誰だったんだろー」
学校中の生徒の話題は、昨日起きた駅前での事件のことについて一色だ。
駅前のロータリーで行われていたフリーマーケットの会場で起きた事件。
無職の中年男性が昨日の夕方、客として訪れていた女子高生数人にナイフで斬りかかり、襲いかかった。
大勢の人がいたこともあり駅前は大パニック。
田舎街の寂れた駅前で、事件なんかとは無縁のようなこの地域でそんなことが起きたとあって、学校の外でもこの話題で持ちきりだ。
まあ、結果として事件がどうなったかについては、なんだけど。
犯人は誰も傷つけることなく敢えなくお縄についた。
で、その犯人を取り押さえた人物が、この街のゆるキャラの着ぐるみ姿で、正体がわからないということもあって皆の噂話に一層火をつけるのである。
「なんかさあ、その日高校生のアルバイトの人がももにゃんの着ぐるみ着てたって噂だよー?」
「えー、ほんとー? じゃあ、もしかしてうちの学校にいるのかなあ?」
「いたらやばいよね。男子かなー。でも、そんな勇敢な人だから絶対ガタイ良くてカッコいいよね」
「ねー」
情報とやらはどこから漏れて伝わっていくのかいつも不思議に思う。
もう既にこの学校の中では、犯人を捕まえたゆるキャラの中の人が高校生の、しかも男子生徒だったと目星をつけている。
そしてそれは正解である。
と、答えを知っている唯一の存在である俺は、事件の話題で盛り上がる女子たちの会話を盗み聞きしながら静かに何度か頷く。
特に目立つ存在でもなく、部活にも所属していないごくごく一般人の、学校カーストの下層に位置する俺は昨日、駅前で着ぐるみを着てアルバイトをしていた。
ももにゃん。
うちの地元で有名な桃を、なぜかは知らないがおそらく可愛いという理由だけで猫と合体させたピンク色のゆるキャラ。
桃みたいな猫。
猫みたいな桃。
完全にゆるキャラブームに乗り遅れて誕生した二番煎じの典型みたいな地元のマスコット姿で俺は、フリマ会場にやってきた小さな子供たちに風船を配るという地味な仕事をしていたのだが。
そんな時に事件が起きた。
目の前で女の子が襲われそうになって、俺は反射的に体が動いて女の子たちを庇おうとしたとこ、視界が悪く犯人に着ぐるみ姿のままタックルをかましてしまい、ぶっ倒してしまったというだけの話。
ただ、なぜか噂が一人歩きしている間に、俺は英雄みたいな扱いを受けていた。
まあ、悪い気はしない。
大した取り柄もなく、女子にちやほやされることもない俺のことを話題にして女の子たちが盛り上がってくれてるんだし。
ただ、自ら正体を明かすのも違うなあって思う。
それをすると価値が半減する気がするし、それに、犯人を捕まえた英雄がこんなもやし男だとわかって幻滅されるのが怖いというのもある。
惜しいけど、こうして噂されているうちが華なのだと。
それくらいはわかる。
俺なんかは今の状況を横目で見ながら優越感に浸るくらいがお似合いなのだと思う。
「ねえ、ももにゃんの中の人について知ってることあったら教えてくれない?」
今は放課後。
盛り上がるクラスメイトの女子たちのところに、よそのクラスから一人の女の子がやってきて話しかける。
名前は、知ってる。
初めて間近で見たが、恐ろしく美人だ。
「あ、紫すみれさんだ! え、もしかして紫さんもあの会場にいたの?」
「そうなの。私、実はあの時襲われそうになってた一人で。私を目の前で助けてくれたあの人に、伝えたいことがあるの。だからお願い、情報あったらなんでもいいから教えてね」
「もちろん。何かわかったら伝えるね」
紫すみれ。
赤茶色の腰まで伸びた髪の毛が特徴的な、キリッとした美人。
大きな切長の目の奥の瞳は、吸い込まれそうなほどに澄んでいて。
色白で、背丈は女の子にしては高い方だけど女性特有の丸みと柔らかさを帯びたスタイルは男心をくすぐる何かがある。
そんな彼女はこの学校随一の美女として、学年の枠を超えて有名なほどであるから、俺のような日陰ものでも名前と顔くらいは知っていた。
ただ、昨日俺が助けたのがまさか紫すみれだったとは知らなかった。
刃物を持った男を前に俺も恐怖心を押し殺すのに必死だったし、犯人を吹っ飛ばしたあとは気絶した犯人を見て怖くなってその場から逃走しちゃったしで。
もちろん、スタッフの数人は俺がももにゃんをやっていたことを知ってたので後でちゃんと警察に呼ばれて事情説明はさせられた。
まあ、警察の人は個人情報が云々で俺のことを口外したりはしないと言ってたからそこから俺の正体がバレるという心配はないのだろうけど。
ちょっとだけ、へんな期待をしてしまう。
あの紫すみれが、俺を探しているなんて。
もし昨日のももにゃんの正体が俺だとわかったら、そこから何か発展とかしないかなあ、なんて。
くだらない妄想をしていると、紫すみれはもう、教室からいなくなっていた。
◇
「あれ、君は昨日の?」
「あ、こんにちは。ご苦労様です」
帰り道でのこと。
通学路である、事件のあった駅前を通ろうとしていると、おまわりさんに声をかけられた。
昨日俺に事情聴取をした人。
まだ二十代っぽい爽やかなイケメンで親切な人だったので俺も顔は覚えていた。
多分、昨日の事件のことで何か調べたりしていたのだろう。
「事件があると大変ですね」
「まあ仕事だから。でも、ほんと君のおかげで被害者がいなかったのが幸いだよ。本当に表彰とか辞退するの?」
「ええ、まあ。たまたまですし、変に話題にされても学校で気まずいですから」
「今時の子って謙虚だねえ。ま、昨日のことに関しては本当に感謝してもしきれないけど、君も無茶だけはしないでくれよ」
「はい。ではまた」
頭を下げて、そのまま駅を過ぎる。
俺の家は駅裏の住宅街。
帰宅部はさっさと帰って飯食って勉強してゲームしながら寝る。
そんな平凡な俺が昨日通り魔をやっつけたヒーローだと知れば、やはりみんな幻滅するのだろうか。
紫すみれだってきっと。
俺がイケメンなら、助けた縁から彼女みたいな美女と恋に発展できるのかもしれないが、俺ごときではどのみち無理な話だ。
変な期待は持たない方が身のため。
さて、家が見えて……ん?
「あの、すみません」
「は、はい……?」
家に到着する寸前で、後ろから誰かに肩を叩かれた。
振り向くと、そこには綺麗な女の子がいた。
紫すみれ。
「あなた、滝沢君だよね?」
「え、俺のこと知ってるの?」
「同じ学校なんだから当然でしょ」
「そ、そうなのかな……」
反則級に可愛い美女が突然声をかけてきて、さらに俺の名前を知っていたことに胸が熱くなっていた。
そして間近で見ると、より一層彼女のかわいさがわかる。
透明感あふれる肌、宝石のような瞳、うるおいたっぷりの唇。
見ているだけで幸せな気分になれそうなその容姿にうっとりしてしまい、どうして彼女がここにいるのかなんて、すっかりどうでもよくなっていた。
そんな俺を彼女は不思議そうに見つめる。
そして、その瞳に吸い込まれそうになっていたところで彼女が言った。
「ももにゃんの中の人って、もしかしてあなた?」
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