第四十五話 初めましてだから知らない?

《草間町 西門付近:ティナ》




「あ! 桃太郎君!!」


 私は私のもとを離れた桃太郎君に声をかけた。

 だけど、次の言葉をかけるのにためらってしまった。


 それは桃太郎君とは違う人のように見えたから。


 桃太郎君は迷わず栗太郎君のところへと駆けだし、

 栗太郎君を地面に引きずり込もうとしていた

 刀を抜いて一太刀を入れる。


 ──ガンッ!


 だけど、桃太郎君の攻撃は固い外殻に弾かれる。


 桃太郎君は何も言わず刃を鞘に納め、

 なんと、鞘でアリの頭を叩きつけた。


 ──バキャッ!!


 割れたような鈍い音が聞こえた刹那、

 その場所に向かって拳を打ちだし頭の中で

 ナニカを掴んで引きずり出す。


 アリはその後も少し動いていたんだけれど

 すぐに動かなくなった。


「辰夜、お主……」


 栗太郎君が声をかけるものの、

 桃太郎君は返事はおろか目も合わさずに

 次のアリのもとへと行く。


 鞘で叩き、拳でとどめを刺す。


 辺りは透明とも黄色とも言えない

 アリの体液が巻き散らかされていった。


 それを見て桃太郎君は笑いながら奇声を上げている。


「栗太郎君! 桃太郎君どうしちゃったの!?」


 私は栗太郎君にすがるように聞く。


「……辰夜が鬼化するのは初めてじゃ。『鬼』はその強大な力を操れぬものは自我を失う。『小鬼』や『中鬼』が自我がないのと同じじゃな。更に辰夜は『鬼の頭首』の血を引いておる。ゆえにその力を操るのはたやすくないじゃろう」


 栗太郎君は冷静に続ける。


「なぜ今、鬼化をしたかはわからんが……血に充てられたのかもしれぬな。今は衝動的に戦っておるはずじゃ」

「私や栗太郎君には目もくれずアリだけ狙ってるみたいだけど……」

「見たこともない血の量とそれを作り出したアリが切っ掛けだったのかもしれぬな」

「桃太郎君は元に戻るの?」

「戻るじゃろうが……、いつかはわからぬ。きっかけがそうだったのであればあるいはアリを全滅させると戻るやもしれぬ。いずれにしても鬼力が切れれば戻るが、さっきも言った通り辰夜の力が計り知れない以上……」


 そこまで行って栗太郎君は言うのをやめた。

 ……皆まで言わずとも答えはわかりきってるから。


「はぁ、めんどくさい子供ガキだな」


 声がした方を振り向く。

 そういえば、アリに命令してる人がいた。

 フードの様な者をかぶっていて顔はわからないけど

 声からして女の人なんだろうと思う。


 ……見逃してたなんて油断しすぎてるな私。

 

 普段ならこんなミスしないはずなのに、

 目の前の光景が異常すぎたからなのかな。


 十歳を少し超えたくらいの子供なのに、

 破壊を。暴虐を楽しんでいるように見えた。

 それもあんなに優しかった桃太郎君が。


「いい加減にしやがれこの子供ガキが!!」


 アリに命令していた人がそういうと、

 地面からわらわらと多くのアリが現れた。


 桃太郎君はそれを喜ぶかのように笑い、

 次々とアリを蹴散らしていく。


 だが、アリの数が減ることはない。


 むしろ、このペースで倒しているのに

 その数は増えている気さえする。


「あやつをやらねばならんようじゃのう」


 そう言って栗太郎君は女の人を見る。

 向こうもこちらを見て笑っているように見えた。


 そしてその人が手をかざすと

 他のアリよりも少しサイズが大きい

 赤のアリが地面から出てくる。


「このアリ……」

「んむ。違うのは色や大きさだけじゃないようだのう」


 そこに在るだけで強さが分かる。

 禍々しく、猛々しいオーラをまとっていた。


 その赤いアリに桃太郎君が気付く。

 

 桃太郎は気づくや否や

 赤いアリのもとへ駆け出し鞘で攻撃をする。


 ────カンッ!


 音の性質があまりにも違う。

 赤のアリの外殻は傷一つつかない。

 そのまま赤のアリはビュンと脚を動かした。


 見えなかった。

 振り抜かれた脚を見て脚を動かしたのが

 わかったくらいだった。


 でも、それすらも理解に時間がかかった。

 

 もっと明確な変化があったから。


 蹴られたのは桃太郎君の脚。


 私たちが一番最初にわかったことは、

 桃太郎君の脚が蹴られてちぎれたこと。


 それも当てつけなのか、

 栗太郎君の元に脚は飛んできたということ。


「ぐゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 桃太郎君は奇声とも悲鳴とも言えない

 形容しがたい雄たけびを上げて

 赤のアリを攻撃しようとする。


「桃太郎君! ダメ!!」


 私はとっさに駆けだす。

 ……でも、間に合わない。


 赤のアリが桃太郎君の胸部を、

 その手で貫こうとしている。


 そんなことしたら!!


 と、その時。

 何かがものすごい速さで飛んできた。


「て~やんでぃ!!」


 桃太郎君と赤のアリの

 間に入ってきたのはちっちゃな男の子。


 そのちっちゃな男の子が代わりに

 赤のアリの攻撃をその身に受ける。


 ────カキンッ!


 甲高い音が鳴り響く。


「べらぼーめぃ! ちきしょーってか!」


 小さな子は吹き飛ばされながらそう言って転がってゆく。

 

 その隙に私は桃太郎君は抱きかかえてその場を離れた。

 桃太郎君は治療魔法をかける私から逃れようと暴れる。

 栗太郎君と二人がかりで抑えている。


 でも、このままだと赤いアリが……!


 その私の心配を察してか栗太郎君は言った。


「ふむ、問題はないぞ」

「えっ?」

「もう戦いは終わりじゃ」


 そう言って、栗太郎君は西門の方を指差す。

 そこから歩いてきていたのは二人の女性。


 スノウちゃんのように真っ白な肌で

 毛先に薄く青味のある銀髪の少女。


 そして、顔に特徴的な赤のタトゥーが入っていて

 髪を結わえても長い白髪の美しい女の人。

 頭にはケモ耳がついている。。……狐さんかな?


「随分と……好き勝手したね」


 銀髪の少女は、

 つぶやくように静かにささやく。


 けど、その声はこの場にいるモノ全てを威圧する

 力強いものに聞こえた。


 この子、絶対に強い。


「ほんと。よくもまぁに派手にやったものさねぇ」


 ケモ耳さんは扇子で口元を隠し、

 コロコロと笑っている。


 近くにいた黒アリたちは二人を標的と定めたみたいで

 襲い掛かろうとする。


 だけど、銀髪の少女は目もくれず歩いていく。


「アンタの相手はアタシさね」


 ケモ耳さんは近づく黒アリに手をかざす。


蛍火ほたるび


 手のひらから指先ほどの火球がいくつも放たれ……。

 それは黒アリを焼き尽くすのではなくそのまま身体を貫く。


 全身穴だらけにした火球は、

 黒アリの身体を通り過ぎた後、

 役目を終えたかのように宙に消えていった。


煉朱れんじゅ……雑魚、よろしく」

「アンタにゃ逆らえないからねえ。命令とあらばアタシはやるしかないさね」

「……命令じゃない。お願いした」

「わかった、わかったよ。冗談さね。そんなに睨まないでおくれ」

煉朱れんじゅの冗談、いつも面白くない。寒い」

「アンタがそれを言うのかい」


 煉朱れんじゅと呼ばれる人の嫌味を無視して

 銀髪の少女はこっちを向いた。


「えっ!?」


 見ていたはずなのに、

 少女は気づいたら私たちの前にいた。

 私は驚いて声を漏らす。


「くそっ。聞いてないぞ!!」


 アリに命令していた人の声だ。

 明らかに狼狽している。


「伍妖傑ならまだわかる。だが、なぜお前がここにきている!」

「……? 来るとき、言わなきゃダメ?」


 やっぱりこの子、

 只者じゃないみたい。


「そのボロボロの子が龍辰の子?」


 桃太郎君を見ながら問う銀髪の少女。


「左様じゃ」

「ふーん、まだ弱いんだね。この赤いの、そんなに強い?」


 赤アリは唐突に表れた少女を敵とみなしたみたいで

 少女に向かって拳を突き出した。


 んだと思う。

 早くてわからない。


 迫りくる赤アリの方を見向きもせず、

 左手をかざしただけでその拳を止める。


 それは物理的ではない。

 一瞬で赤アリは全身が凍ったようだ。


「て~やんでぃ! べ~らぼうめぃ!」


 ふっ飛ばされたちっちゃな男の子も戻ってくる。

 あの攻撃をまともに受けたのに無傷でピンピンしてる。


 黒アリも気づけば燃えてたり倒れてたり……。

 半数以上は桃太郎君が倒してたとはいえ、

 ほとんど居なくなっていた。


「命令……いや、お願い通りに掃除は終わらせておいたさね」


 ケモ耳さんは何もなかったかのように呑気に歩いてくる。


煉朱れんじゅ、ありがと。虎鉄こてつもよく鬼の子守った。えらいえらい」

「守るも何も、あーたがあっしを投げたんじゃないですかい!」


 少女に撫でられながら男の子がぶーぶー言う。


「じゃぁ、最後はあれだけってことかな」


 そう言って少女はアリに命令していた人を指差す。


「くそっ、どうして……。妖怪の長がここに……」

「長じゃない。何言ってるの? 初めましてだから知らない? あぁ、あなた達もだね」


 そう言って少女は私たちの方へ向き直り

 不愛想な顔を少しも変えずに名乗る。






「私の名前は六花りっか。妖怪の長の代理。鬼の子も、その友達の子も、異国の人も。よろしく」







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