第二十五話 牛若との出会い
《弁慶の回想》
くそっ。なんで俺が……。
まわりには槍を持った人間たち。
鬼ヶ島を出た俺らに待っていたのは、
人間による鬼狩りだった。
先日の一件、和平条約の不成立は
行われた反乱と思われていた
鬼と妖怪の和平が成れば、
ミコトグニの憂いは一つ無くなり
より良い生活になると人々は信じていた。
それを破断にされたのだ。
ゆえに、人は怒りの矛先を探していた。
そんな中、仙樹が好き放題暴れているのだ。
鬼に全ての責任を擦り付けるのには
ちょうどよかったのだ。
真実なんてどうだっていい。
人は正義という旗を振りかざせば
何をしてもいいと思っている。
仙樹という明確な敵を据えることで
鬼を圧倒的な数で叩くことに決めたのだ。
「出ていけ! 鬼が!!」
「いや、仲間を連れてこられたら困る! 殺せ!!!」
「他にもいるかもしれない! 応援を呼べ!!」
「
くそっ、くそっ……。
何人もの
確かに俺らは鬼だったが、
それでも人間を襲ったことは一度もない。
俺らが物心つく頃には、龍辰さんが居たからだ。
「いいかー? 喧嘩をするのはまぁ男だからな。しょうがねぇ。でも理由がない戦いはするなよ! 弱い者イジメもダメだ!」
口酸っぱくずっと言われてたことだ。
俺たちは子供。だが大鬼だ。
自我がある鬼の中では最弱の部類でも、
こんな奴らくらいなら殺せた。
だが、こいつらは恐れているだけだ。
実際、仙樹の馬鹿が手あたり次第襲ったせいで
いい鬼と悪い鬼の区別だってつかないはずだ。
だから俺たちは抗戦しないことにした。
「殺せ! 殺せー!!」
遠くから聞こえる怒声から
ただひたすら走って逃げた。
ただただ、死にたくなくて走り続けた。
──気付けば俺は一人だった。
矢で射抜かれた奴。
背中を槍で刺された奴。
剣で切られた奴。
全員。全員死んだ。
ただ、それでも人間を恨めなかった。
あいつらだって……。
俺は山の中で過ごすことにした。
川の水を飲み、山菜を食べ生き延びる。
ツノを隠せない俺は、
人目のつくところへは行けなかった。
悲惨な生活をただただ続けた。
たった一人で生き続けた。
───山で暮らして、一年の月日が経った。
俺はまだツノが隠せなかった。
だが、腕っぷしはかなり強くなった。
食べ物も獣肉を食べることが多くなっていた。
まれに人間が山に入ってくることがあったが、
見つからないように
気配を消すことも出来るようになった。
一切の気を断ち、ただ不動を続ける。
速度に難がある俺が、
獣を捉えれるようになったのもこれのおかげだ。
そんなある日のことだった。
いつものように獲物を探して山の中を歩いていたら
俺と同じ年くらいの
こいつは見たことがある。
確か、妖怪の大将や鞍馬と居た奴で、
鬼ヶ島にちょこちょこ来ていた気がする。
確か、名前は……いや、覚えてねえな。
何も言うわけでもなく、何をするわけでもなく、
そいつは俺をずっと見ているだけだった。
……気に食わねぇな。
「なんだてめぇ」
「……」
「何もねぇならさっさとどこかへ行けよ」
「……」
奴は何も言わない。
「何しに来たんだよ」
「……」
「出て行けよ。ここに居られたら迷惑だ」
「なにゆえ迷惑になると?」
やっと喋りやがった。
こいつを追い返したい理由は単純だ。
いけすかねえのもある。
だが、万が一。
万が一、人間が来た時。
こいつを巻き込んでしまうかもしれねぇ。
これ以上誰かが死ぬところを見たくねぇ。
「いいからでていけよ」
「断る」
「出てけっつってんだろ!」
俺は岩融で奴を払った。
勿論、殺すつもりはねぇ。
多少痛い目を見るかもしれないが。
だが、奴は軽々しく飛んで躱した。
そして変わらずただ俺を見ている。
「てめぇ……。後悔しても知らねえぜ!」
俺は少し本気で奴に攻撃をした。
……だがむかつくことに
全ての攻撃は軽々しくかわされる。
反撃をするわけでもない。
それどころか奴は鞘から刀を抜いてさえもいない。
……認めたくないが力量の差は明らかだ。
だが何故だ。
こいつは一体何がしたいんだ。
俺はどんどん腹が立ってきた。
「舐めやがって!!」
半刻ほど続けたが、
攻撃は一度としてかすりもしなかった。
「なんなん……だよ、てめぇ……」
奴はすかした顔で俺を見ている。
そしてまた口を開いた。
「貴殿は何に怒っているのだ」
「てめぇのそのすかした態度が気に食わねぇんだ!!」
「違うな」
「違わねぇよ!!」
「なら質問を変えよう。なぜ恨んでいるのだ」
「あぁ!?」
なぜ恨んでる?
俺は誰も恨んでなんかねぇ。
楽しみにしていた和平条約は破断した。
大事な
こんなところで一人で生きることになった。
一体だれを恨めばいいんだよ。
俺が聞きたいくらいだ。
俺だって。
俺だって誰かを恨めたのならどれだけ……。
気づけば俺は泣いていたことに気づいた。
「話を聞かせてくれないか。優しき鬼よ」
「はぁ!?」
「私は貴殿のことを鬼ヶ島で見たことがある」
こいつも俺を知っていたのか。
「ある村で聞いた。私と同じくらいの年の鬼が多く殺されたと。赤髪の鬼だけ取り逃がしたと聞いた。貴殿のことではないかと思いあたりを探していたのだ」
「何のためにだよ……」
「友となる為だ」
「何のためにだよ!!」
こいつ、いかれてやがんのか。
友になるため? 人であるお前が?
鬼の俺と友達だと!?
「貴殿は村の者どもを殺せたはずだ。いや、貴殿以外もそうだろうが」
「お前には関係ないだろう」
「……私の尊敬する人は力で相手を支配できるのにもかかわらず、その力を支配に使わなかった。守るため、救うために行使した。私はそういう者になりたい。私はあの人に憧れ、敬意を払っている」
「だから何だよ!!」
こいつの言いたいことが分からない。
だから何だってんだよ。
「貴殿もまた同じだ。その力を振るわないことで村の者を守った」
「そんなこと!!」
そんなこと……。
そんなことはない!
本当は……本当は!!
「俺はそんなすごい奴じゃねぇよ!!!」
溜まっていた物があふれ出した。
「なんで俺がっていっつも思ってるよ! なんで鬼ヶ島を出なきゃいけないんだ! なんで鬼だからって俺が殺されかけなきゃいけないんだ! なんで
奴は何も言わない。
「おかしいだろ!? 一方的に迫害されて、攻撃されて、それでも許せってのか!? 弱い者いじめをするな? 抵抗しない奴を一方的に攻撃する奴は許されんのかよ!! ふざけるな! この世の中やったもん勝ちじゃねぇか!!」
俺はボロボロと泣いた。
ずっと俺も誰かを恨みたかったんだ。
誰かのせいに出来たらどれだけ楽か。
いや、違う。
本当は恨んでいる相手がいる。
「俺は……。俺は俺が大嫌いだ! だれかを恨みたがっているこの俺が!! そのくせやり返せないこの俺が! 本当は恨みたいくせにそれをないことにしようとごまかす俺が!! だからといって死ぬ勇気もない俺が!!! 挙句の果てには龍辰さんがあんなこと言わなければって考える、本当にクソみたいなこの俺が!!!! 全部が全部大嫌いなんだよ! 誰を恨んでるのかって聞いたよなぁ!? あぁ、恨んでるよ! 俺はこんな惨めで無力な俺を恨んでるよ!!!」
俺はすべてを吐き出した。
ずっと隠したかった、自分にも偽った思いを。
「……ゆえに私は貴殿を尊敬している」
「何言ってんだてめぇは!!」
「そのような思いを抱え、なお誰も傷つけぬ。実行しなかったのは勇気がないのではなく、貴殿が優しいからだ。何かを抱えているのは目を見て初めからわかっていた。……それでも。それでも貴殿は私をも傷つけぬよう戦っていただろう」
「そんなこと……」
「よくぞ村の者を殺さないでくれた。私は価値ある人間ではない。だがそれでも、人を代表してお礼を言いたい」
奴は真っすぐ俺を見つめて深々と頭を下げた。
「ありがとう。貴殿の素晴らしい行いに感謝をささげたい」
「俺は……」
涙が止まらない。
俺は、ずっと。
ずっと。やっと……認めてもらえたのか。
誰も話を聞いてくれなかった。
かわいそうと憐れんでもらえなかった。
頑張ったなって褒めてもらえなかった。
間違ってないと認めてもらえなかった。
本当は、俺は誰かに認められたかったんだ。
「私は貴殿と友になりたい」
「まだ……言ってんのか」
泣いて言葉がでない。
なんて情けねえんだ俺は。
「お前は……人間で、俺は鬼……なんだ……ぞ」
「私は貴殿を尊敬している」
「さっきも聞いたぞ……。だからなんだよ……」
「憧れた者と、友になりたいというのはおかしな話だろうか」
「……お前は馬鹿だろ」
「否定は出来ぬな。貴殿に釣り合う者になるよう尽力する」
……こいつは大馬鹿者なんだろうな。
「……弁慶だよ」
「ふむ?」
「俺の名前だ。これから
「相違ない。私の名前は
俺は一年、ずっと一人だった。
悲しさも、つらさも、苦しみも、何もかも。
全てを一人で噛みしめてきた。
本当はずっと欲しかったモノ。
そして、ずっと欲しかった言葉を。
それをくれた奴。
それが、俺と牛若との出会いだった。
──────────────────────
読んで下さってありがとうございます!
弁慶くん……(˘•̥⧿•̥˘ )
優しい人ほど自分の中にため込んでしまうし、
貯めてることにも気づかないものですよね……。
義経くんみたいな人もまた、
苦しいことを全て自分でしょい込んでしまうタイプです。
お互いそれをわかってるからこそ良い友で
いられるのかもしれませんねぇ。
てなわけで!
また次話にてお会いいたしましょう!!
ありがとうございました!!
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