第五話 死亡フラグ

天草街道あまくさかいどう:桃太郎》



 陽が傾き始め、影が伸びる頃。

 僕たちは天草街道を歩いていた。


「朔夜、天来港てんらいこうへはあとどれくらいじゃろうか」

「私、天来港には行ったことないんだよな~」

「左様か。ふぅむ、どうするかのう」

「ワンチャン村があるかもしれないけど、なかったらあれだから野営の準備でもするか」

「えっ、野営って何!?」

「この辺に自分たちで夜を超えるための宿所を用意することじゃ」

「それ『きゃんぷ』のことだよね?」

「『きゃんぷ』じゃな」


 昔、じっちゃん主導でやってた『きゃんぷ』。


 あの頃はまだ他の皆もいて、

 ワイワイと楽しかった思い出がある。


 みんな今も元気だろうか……。


 感慨にふけっていたら朔夜さんが、

 悪い顔をして声をかけてきた。


「桃、あの山でのキャンプとここでのキャンプを一緒にしてたら駄目だぞ」

「どうして?」

「出るんだよ、ここには奴らが」


 いつの間にか辺りは暗くなってきている。


 そのせいなのか、

 朔夜さんの表情は陰っていて見えづらい。


「奴らって……?」

「……鬼だ」


 ……うん。そんなことだと思った。



 僕史上、一番の怖がりの朔夜さんが

 怖い話をするわけない。



「いや、まあ確かに鬼はいるだろうけどさ、僕でも勝てたし大丈夫じゃない?」

「わぁ、出た。こやつ調子に乗ってますぞクリリン」

「ワシは禿げてないわい」


 栗太郎は生え際を確認しながら朔夜さんに言う。


「いいか、桃。お前が倒したのは鬼界隈で雑魚中の雑魚『小鬼こおに』だ。ドラクエで言うとファーラットくらいの強さだ」

「いや、それは最序盤ではそこそこ強い敵なんじゃが」

「その次の『中鬼ちゅうおに』。これもそこそこでる。こいつの強さはブラウニーくらいだ。『大鬼おおおに』ともなるとキラーパンサー並みの強さになる」

「なぜ全て魔獣系なのかはわからんが、まぁそんなもんじゃの」

「全然伝わってこないんですけど」

「つまり、レベルも低くて木剣しかないお前じゃ中鬼レベルで詰む。しかもマジで中鬼くらいならそこそこ出くわす。安全に眠れないというわけだ!!」


 なるほど。

 確かにそれは山と違って安全ではない。

 だけど。


「でも、朔夜さんがいるから大丈夫なんじゃない? 朔夜さんならその『きらぁぱんさぁ』にも勝てるんでしょ?」


 その言葉を聞いて、

 初対面の人でもわかるくらいに

 朔夜さんの顔はほころぶ。


「いや、まぁな~。私が相手ならたとえ鬼界隈のキングレオと呼ばれる『超鬼ちょうき』が出てきたところでワンパンだからな~」

「もうその例えやめるのじゃ。怒られるぞ」

「私はその一つ上の階級『霊鬼れいき』だ」

「霊鬼?」

「あぁ。鬼の力を自在に操れる上に、自然界の力をも身体に宿すことが出来る階級だ。この段階に到達できるのは数百人に一人なんだぞっ」

「へぇ~! じゃあ朔夜さんってやっぱりすごかったんだ!」

「わっはっは。まぁ最強の私がいるからな! 仕方ないから今日の見張りは私がしてやる! 安心して眠るのだッ!」


 朔夜さんは、ちょろい。


 僕たちは設営を始めることにした。

 ある程度まで三人でいろいろなものを準備して、

 残りの設営は栗太郎が担う。


 僕と朔夜さんは食料調達へと足を運ぶことにした。


「街道沿いだったらあんまり獣も出ないからなぁ。さっきの川まで戻るかぁ」


 朔夜さんが言うさっきの川というのは、

 少し前に僕たちが通った街道途中の大きな川だ。


 天草街道唯一の橋で、

 ここに流れている川をたどると、

 僕たちのいた山の川までつながるらしい。

 山の川はそんなに大きな川ではなかったから

 それを聞いて、僕はすごく驚いた。


「そういえば、さっき朔夜さんが言ってた『霊鬼れいき』の自然界の力ってどういうことなの?」

「んー。ざっくり簡単に言うと動物の力を使える」

「動物?」

「そうだ。獣だったり鳥だったり虫だったり、生き物だな!」

「じゃあ鳥になれば空を飛べるの? 無敵じゃん!」

「まぁな~。でも体現できるのは一種類だからな。鳥の奴はずっと鳥だ」

「なるほど。毎回変えたりとかはできないってわけか」

「外れ引いたらもう泣いちゃうよな。鳥は当たりだよな~。 おいしいし」

「また食べ物の話……」

「ちなみに、だ。『霊鬼』を超えた『神鬼しんき』という階級がある」

「『神鬼』?」

「空想上の生き物だとか、伝説と呼ばれるような生物の力を使える、ほんの一握りのみ到達する鬼の最終階級だ」

「最終階級……」

「お前の父も、そして私の母も。あの人たちは『神鬼』だった」

「そうなんだ……」


 お父さん、やっぱりすごい人だったんだ。

 流石は最強と呼ばれた鬼の頭首。

 僕もなれるんだろうか。まだツノもないのに。


「ちなみに朔夜さんは何の生物なの?」

「私か?」


 朔夜さんはふと立ち止まり、

 腰に手を当てて例のごとく

 どや顔ポーズをして答える。


「私は、ウサギさんだ!!」

「……それって強いの?」

「バーロー! ウサギさん可愛いだろ!」

「うん、まぁ」


 朔夜さんは大のウサギ好きだ。

 昔みんなで飼ってたウサギが死んじゃった時、

 三日三晩ご飯を食べなかったくらいだ

 食べ物の権化の朔夜さんが、だ。


「かわいいけど戦いに役に立つかどうかは……」

「待て桃、少し黙っていろ」


 急に朔夜さんは八具仙に手を添えた。

 朔夜さんが見つめている方に目を移す。


 僕たちはいつの間にか橋が見えるところにいた。

 橋付近で明かりが揺れているのが見える。


 薄暗くなっていたことと距離があったことで、

 始めは何かわからなかったけれど、目を凝らすと、

 いくつかの大きな影と小さな影が戦っている。

 誰かが鬼に襲われているんだ!


「朔夜さん!!」


 と僕が声をかけた時、

 隣にいたはずの朔夜さんの姿がない。


 だが、驚いてる時間はない。


 誰が襲われているかはわからないけれど、

 必ず僕たちが助けなきゃ。


 僕は一心不乱に走り続けた。

 だが、徐々に大きな鬼が倒れていくのが見える。


 そして、僕がついた頃。

 そこにはツノが生えている朔夜さんの姿と、

 消えていく最後の鬼の姿を見た。


「朔夜さん、いつの間に!?」

「んまぁ、これがギュメイ将軍級の私の力だ!」

「それわかんないんだって」


 だけど、朔夜さんの活躍のおかげで、

 怪我人はいるけれど、

 死んだ人どころか重症の人もいない。


「やっぱり朔夜さんはすごいんだ……」

「当たり前だ。大鬼や中鬼なんぞ私の敵ではない!」


 伝家宝刀のどやポーズ。

 でも今回ばかりは似合ってる。誇らしい。


 そんな朔夜さんに向かって

 色々な人がお礼を言いにきた。


「いやぁ、助かりました。中鬼多数を率いて大鬼が出た時はもう命をあきらめましたぞ……」

「本当に。最近出ないと聞いていたからとはいえ傭兵を付けなかったのは失敗でした」

「傭兵代をケチって命を落としたなんて聞かれたら商人たちの笑いものでしたな」


 どうやらこの牛車に乗っていた人たちは、

 みんな商人だったようだ。


 草間町くさまちょうから天来港てんらいこうへと向かう途中だったらしい。


「しかし、本当に助かりました。私なんか、この商いが終わったら結婚をするって誓った人が、草間町で待っていたので本当に助かりましたな」

「お前、死ぬぞ」

「えっ。でもあなたが助けてくれたではありませんか」

「死亡フラグを知らないのか?」

「ふーむ。それはなんですかな?」

「もしかして戦いは終わってないのか?」


 そう言ってキョロキョロ見渡す朔夜さん。


 それを見てみんなで笑った。

 つられて僕も笑った。


 だけど、本当に誰も死ななくてよかった。

 僕が思っていたより鬼というのは頻繁に表れる。


 でも、

 こうやって戦える人が守ってあげられるのなら。

 鬼の被害を減らせるのならば、僕はそうしたい。


 その為にも強くならなきゃいけないと。

 僕はそう思う。


 朔夜さんが強いのは間違いがない。

 おもちゃにされるのは嫌だけど

 やっぱり朔夜さんと修業をしようかなと思って

 ふと、朔夜さんの方を見る。

  


 僕は、違和感を感じた。



 みんな、笑っている。

 一人を除いて。


 いや、その人も笑ってはいるのだ。

 眼、以外は。


 朔夜さんの真後ろで笑っていたその商人が、

 ゆっくりと朔夜さんの背に手を伸ばす。


 その爪先は鋭く尖り、

 脈打つ手先は人間の者とは思えなかった。


 鬼だ。

 この人も鬼だったんだ。

 気づけばさっきまでなかったツノが今はある。


 どうして?


 でも朔夜さんだって同じだ。

 いつもはツノがないのに今はある。


 そんなことを考えている場合じゃない。

 あの商人は朔夜さんを突き刺そうとしている。

 このままじゃ、このままじゃ朔夜さんは殺される。


 なんでこんなにゆっくり世界が見えるのだろう。

 まるでコマ送りの世界に迷い込んだようだ。


 ぐるぐる回る思考に追いつけていない中、

 僕はかろうじて叫ぶことが出来たのは

 朔夜さんの名前だけだった。


「朔夜さん!!」


 だが、それはなんの役にもたたなかった。


 ツノが生えた商人の指先は、

 朔夜さんの背後から、



 ゆっくりと



 ゆっくりと




 深く、突き刺さる。







──────────────────────



読んでいただけてありがとうございます(˘•̥⧿•̥˘ )


朔夜さん大ピンチ!

自称ウサギさんの彼女はどうなるのでしょうか。。。


朔夜「私は無敵だ! 死んだことがない!!」

桃太「そりゃそうだよ……」


……どうなるのでしょうか!!


また次話にてお会いいたしましょう!!

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